[ empery ]
ア、と無意識に口について出た言葉を飲み込んで、セフィロスは不服そうに鼻から息を吐いた。
口を開けば「暑い」と言ってしまいそうで、湿った唇を重ねて舐め潤す。こうなることは想像が付いたのに、どうしてここに来てしまったのかと頭の中でぼんやり自問した。
時刻は午後2時過ぎ。昼から燻り続けている熱気が開け放した窓から涼しい風と共に部屋に入り込んでくる。一瞬涼しい風が吹いて、次の瞬間熱気がむわりと地から立ち昇る。その繰り返し。
クーラーが壊れたというザックスの部屋は、本当に暑かった。兵舎全体がこの状態らしい。主が不在の間も涼しさを保っているセフィロスの自室とはまるで違った環境。
どうしてザックスは、こんな日に自分を誘ったのだろうか。いつもは勝手に部屋に押しかけてくるくせに、今日に限って。そしてどうして自分もその誘いに応じてしまったのか。
首の後ろに手を回しうなじに張り付いた髪を払う。髪を上げたまま、何か留められるものはないかと部屋を見渡してみたが、諦めて手を放した。セフィロスの量は少ないとは言えないが細くて軽い髪は、それでも数秒後には熱を含んでうなじを暖める。
「あっちーなー!」
暑い暑い暑い!と盛大に暑さを主張しながらザックスが戻ってきた。ソファの上で、何度目かの位置移動をしていたセフィロスがちらりとそちらに視線を向ける。
「やっぱ明日の朝までかかるってー。配線とかじゃなくて元のコンピューターが混乱してて直すにはスキャンがどうとかこうとか、よくわかんねー。ってかそのコンピューターがある部屋はしっかり27度保ってんだぜやってらんねーよなーこっちはちょう暑いっつの。その上他んとこにも被害が及ばないように全部ざっと調べなおすとか言ってたし勘弁してくれよまずここの作動させろっての!」
裾が伸びきったタンクトップを早速脱ぎ捨てて短パン一丁で近づいてくる男は、相変わらず暑い暑いと連呼していたが、言うほど暑そうには見えなかった。むしろ暑さを楽しんでいるようにセフィロスには見える。
「今夜ぜってー寝付けないって!まじどうしよセフィロス熱帯夜って強すぎ…」
言いながら、先ほどまでセフィロスが座っていた側にボスンと腰を下ろす。ボサボサの黒髪を無理矢理ポニーテールに結んでいる。合間合間から結びきれなかった短い髪が飛び出しているのが気になった。ゴムの色が派手なピンク色なのが少々気に食わないが仕方ない。セフィロスは手を伸ばして有無を言わせぬ力でザックスの髪を解いた。
文句を言われる前にさっさと自分の髪を結わい上げる。首元にすっと風が通って気持ちよかった。ザックスを見ると、向こうもこちらを不服そうな目で見ていたが、結局何も言いわせず短パンの尻ポケットから青いゴムを取り出して自分の髪を結び直した。
「青色の方がよかったら交換したげるけど?」
「……別にいい」
あそ、と楽しそうにザックスが笑って、セフィロスの前髪をわきに払い避けた。頑固な固定ヘアーはすぐに元に戻る。暫く奮闘していたがやがて諦めたのか、なんか飲もうぜ、と立ち上がった。
「アイスコーヒー」
「コーヒー切らしてる。紅茶も無しね」
「あるものでいい…アイスなら」
「牛乳は?」
そう言って返事も聞かずにグラスを取り出し始めた。セフィロスはソファの背凭れから頬を離してザックスを凝視する。
冷蔵庫から出した白い液体を二人分のグラスに注ぎ入れ、1度額の汗を拭ってこちらへ戻ってきた。
「この暑いのに、牛乳?」
「なんで。だめなの?」
「口の中が粘つく…水でいい」
「水道ぬくまってるからやめとけ」
飄々と言い放つザックスからグラスを受け取る。確かに冷えてはいるが飲む気は起こらなかった。
「ミネラルウォーターくらい買っておけ……それかビール…」
「あ!!俺だんっぜんビール!買いに行こうぜ!」
急に元気になったザックスが、グラスを一気に飲み干してまた立ち上がった。脱ぎ捨てたタンクトップを着込んで、壁に掛かっていた上着から擦り切れた財布を抜き取ってポケットに収めなおす。そしてその場で足踏みでも始めそうな様子でセフィロス振り返った。
オレも行くのか。と目で問うと、嬉しそうに頷かれて、渋々立ち上がる。立ってみると、意外と気温は低く感じられた。まったく減っていないグラスは冷蔵庫に戻させていただく。
玄関に鍵をかけるザックスの後ろで、黒のズボンに薄い長袖シャツという自分の姿を見下ろし漏れ出た溜め息はほんのり熱が篭っていた。もう一つ溜め息が漏れる。
「そういうのはどこに売ってるんだ?」
「これ?短パン?買うの?……だったらいっそすっげーショートパンツとかにしたら?」
「何でだ」
「だってセフィロス膝丈似合わないって絶対!」
「……………」
「極端に短きゃ逆にありだと思う!あ、これから買いに行く?」
もういい、と呟くセフィロスに、じゃあビール!ビール!ちょうあつい!とまたザックスが騒ぎ始める。
日差しの下で遠慮なく肌を焼くザックスに、やはりそんなに暑そうには見えないな、とセフィロスは思った。
end.