[ さいなむ ]
E、D、I、C、O、N、E、G....
たった今一度聞かせただけの意味のないアルファベットの羅列を、目の前の子供は苦も無く諳んじる。
完璧に暗記していることに感心し、次はイラストが描かれたパネルを取り出す。
紙芝居のように一枚一枚捲ってはその名称と用途を答えさせる。小さな口唇からよどみなく出てくる回答に、これもクリア、チェックを入れる。
「それじゃ、先週いつもの人が言っておいた単語を」
「ヘルハウス。コメテオ。ミッドガル5番街」
「よろしい」
最後の項目にチェックを入れて、ファイルを閉じる。あとはこれを科学部門のボックスへ返せば仕事は終了だ。チェックリストの枠外に署名して、子供に向き直った。
「終わりだよ」
子供は黙って立ち上がり、尻に敷いていたクッションを部屋の脇へ放った。一つ零れたため息は、子供のそれとは思えない深い疲労が滲んでいた。
「お疲れかな?」
そう声を掛けてやると、今日は朝から検査続きなのだと言って、白く幼い手で眼を擦った。パチパチと瞬きを繰り返し、尚も弄るのを止めないので、痒いのかと訊きながら顔を覗き込む。
子供は驚いたのか素早く退いた。突然のことに、思わず手で追いかける。辛うじて捕まえた細い銀の髪を慌てて離し、警戒心も露わな視線に微苦笑で応える。
「ごめんね、触られるのは嫌いかな」
子供は、不思議そうな顔つきで見返してくる。今回だけ臨時で検査官に指名された、初対面の自分を警戒するのは当たり前なのかもしれないと思う。
この子供に関して、僕は何も知らない。誰の子供なのかも、神羅とどういう関係があるのかも、どうやら定期的に行っているらしいこの検査の意味も。
検査だけを依頼されたのに、つい構ってしまうのは、元来僕が子供というものが好きだからだ。こんなに大人しくて優秀な子供は珍しいが、子供であることにはかわりない。
「ただ、眼を傷つけるんじゃないかと思って。目薬を出すから、注してくれないかな」
ゆっくりと、ひとつひとつ説明すれば子供だってわかってくれるものだ。男手一つで二人の子供を育てている経験がこんなところで役に立つとは。
子供は、黙ったまま小さく頷いてくれた。こちらも頷き返して、常備している目薬を取り出す。今度はゆっくり手を伸ばし、顎を持ち上げ顔を少し上げてやる。
髪と同様、綺麗な瞳だと、思う。黒髪に茶色の瞳である僕の遺伝子を色濃く受け継いだうちの子供たちには縁の無い色だ。そんな碧の瞳はとても大きくて、目薬がとても注しやすく感じた。
「もういいよ。痛くない?」
手を離して問うと、再び小さく頷いた。こうして近くで見ると、本当に人形のような容貌をしている。
「次からはいつものお兄さんが来るから。まったくしょうがないよね、君のこと人任せにして」
「・・・べつに」
そっけない返事。つくづく子供らしくない子供だ。
そういえばまだ名前を聞いていなかったことを思い出して訊いてみると、不思議そうな顔で何故そんなことを訊くのかと逆に訊ねられた。
「もう会うことは無いんでしょう?」
そう言った子供は本当に不可解なようだった。こちらとしても大した意図があったわけではないので言葉に詰まる。
「でも、さようならを言うとき、君のことをなんて呼べばいいかわからないじゃないか」
なんとなく口についた台詞だったが、言ってみると自分でも納得できた。本当なら、会ったその時に訊くべきだったのだけど。
「・・・・・セフィロス」
「そっか。お疲れさまセフィロス。さようなら」
「・・・・さようなら」
綺麗だけれど、毒のある子だ。と何故か思った。そして少し哀しい子だ、とも。
セフィロスが言った通り、それから僕たちは二度と会うことはなかった。
数年後、僕は旅行先で神羅兵とレジスタンスの戦闘に巻き込まれ自分の子供達を失った。
後日その戦いで最も戦績を上げたと言う男の名前と、子供達の死因がその男の放ったぜんたいか魔法に巻き込まれたからだということを知ったが、幸か不幸か、僕はもうあの時の子供の名前は覚えていなかった。
end.
ジェノサイド。