[Happy Birthday!]
ふわりふわりと。
空を舞う、というよりは、上へ上へと引き込まれていくみたいに。
金髪に蒼い瞳を持つクラウドは、この辺りではちょっと有名な、風船売りだ。
朝起きるとまず一番に沢山の風船を膨らませ、町の中心街の、子供が集まる場所に売りに行く。
そして昼時になって人通りが減ると、自分も昼食を取り、また商売に戻る。
夕方になり、子供達が親に手を引かれ家へと帰っていく頃に、売れ残った幾つかの風船を手に帰宅する。
色とりどりの風船は、どれでも一つ500ギル。
特別安いというわけではないが、見た目美しい青年が束になった風船を持って佇む牧歌的な風体に、子供はもとより大人たちまでつい買っていってしまう。
そんなわけで、クラウドの商売は安定していると言ってよかった。
当のクラウドのことを、詳しく知る人間はいない。
町の人々は、町外れに一人慎ましく暮らしている無口で無表情、だか穏和な人物だという程度の認識しか持っていなかった。
いつの間にか町の風景に混じった、不思議屋さんといったところだ。
クラウドは今日も売れ残った風船を手に、家の裏手にある丘に向かった。
何処までも続く草原を前に、大地に足を投げ出し、ゆっくりと息を吐く。
金の代わりに風船を手渡す。そんな単純な作業の繰り返しでも、1日中立ちっぱなしのようなものなのだ。少なからず足にくる。
それに、中心街に山ほどの風船を浮かばせ立って続けているということは、言うまでもなくかなり注目を集める。
あたたかな春風に身を晒し、漸く緊張が解れてきたところで、握り締めていた紐を一本ずつ手から逃がした。
クラウドの頭上高く、小さな風船が風にたゆたう。クラウドは、それが完全に視界から消えるまで、空を見つめ続けた。
3つ目の風船を飛ばそうと、クラウドが紐を掴みなおした時、思いがけず背後から声がした。
「お前は、町の風船売りか?」
立っていたのは銀の長髪をなびかせた、えらく美しい男だった。
「そうだけど・・・、もう営業時間は終わってる」
クラウドは中途半端に持ち上げた腕をそのままに、体を捻って男を見つめた。
こんな静かな草原で、僅かな気配すら感じなかった。それに初めて見る顔だ。こんなに目立ちそうななりしてるのに・・。
クラウドが思考を巡らす中、その男は颯爽と近付いてき、隣りに並んだ。
「真相はこれだったのだな」
「え?」
「売れ残りの風船の末路。町の子供達が話していた。あの風船屋の家は、毎日持って帰る風船で溢れていると」
「・・・・」
「持って帰っても、萎むだろうに。子供らしい考えだ」
「・・だから俺の商売も成り立ってるんだけど」
風船が萎んでくれなければ、クラウドの商売は二日と続かない。
そう言うと、男は微笑んで、それはそうだ、と返した。
「邪魔をしてしまったかな」
「・・・別に。ちょっと驚いたけど。此処に人が来たのは初めてだし」
「わざわざこんな町外れまで来るやつは、いないだろうな」
では何故この人は此処にいるのか。クラウドは訊ねようとしたが、面倒になって止めた。
いつの間にか男が隣りに座っていたが、気にしないようにして再び視線を空に戻した。
最後の風船を、空へ放つ。
ゆっくりと昇ってゆくそれを、二人で眺めた。
「・・・俺、毎日店仕舞いしたら此処来るんだ。風船が欲しいなら、昼間買ってもらうしかないけど・・」
言われて、男は少し考える素振りを見せてから、「セフィロス」と言った。
「え・・あんたの、名前?」
「ああ」
「そっか・・――俺は、クラウド」
「『クラウド』か。風船売りよりは短くていいな」
随分な物言いだ。クラウドは怒るよりも呆れてセフィロスを見た。
彼は素知らぬ顔で立ち上がると、一度空を見、そして町の方向へ歩いていった。
不思議な存在感が、後に残った。
翌日、クラウドは何時もの様に風船片手に町に出た。
あの男――セフィロスの話を聞くに、彼はこの町の人間のはずだ。
自分を知っていること、子供達の噂を聞き知っていること、そして日帰りするには遠すぎる隣町との距離を考えれば。
しかし、クラウドは仕事中何とはなしに辺りに気を配っていたが、彼を見つけることは出来なかった。
昨日の様子から、もしかしたら買いに来るかもしれないと思っていただけに、少し落胆した。
「期待・・してたのかな、俺」
「おにいちゃん?」
思わず零れた呟きに、焦れた子供がクラウドの袖を引っ張った。
クラウドは我にかえって、笑顔を取り繕って風船を渡した。
少し早く仕事を切り上げて例の丘に行くと、そこには昨日の男がいた。
セフィロスはクラウドに気付くと、軽く微笑んだ。
「来たんだな、・・セフィロス」
「調べたら、此処はお前の土地ではない様だからな」
「・・わざわざ?それに調べたって、どうやって・・」
「人の所有地に勝手に侵入すると、後が面倒なんだ」
まるで前例があるような言い方をする。クラウドは随分久しぶりに、声を出して笑っていた。
クラウドが風船を飛ばす横で、セフィロスはそれをぼんやりと見送っていた。
それは憂鬱でも感傷でもなく、本当にぼけーっとした表情だった。
それでも彼は退屈しているわけではないらしく、眼だけで風船を追っていた。
不意にセフィロスが手を伸ばし、クラウドから風船を奪おうとした。
「おい?」
「俺もやってみたい」
「んー・・・・・だめ。一応これ売りもんだし」
「じゃあ、買う」
「本日の販売は終了致しましたので・・」
「なんで駄目なんだ」
セフィロスが憮然として訊ねると、クラウドは少し迷ったように視線を彷徨わせてから、言った。
「・・・俺の飛ばす分が減るから」
「・・・・・じゃあ売らなければいいじゃないか」
「生活かかってるんで。売れ残りだけで我慢してんだよ」
セフィロスはクラウドが遠ざけてしまった風船に一瞥をくれてから、前のめりに倒れ込んできた。
「ちょっ・・・」
冷たい唇に、言葉を奪われる。
塞がれた口の代わりに鼻から息を吸い込むと、僅かに芳しい香りがした。
思わず閉じた瞼に指を這わされ、頭が痺れた。手の中の風船を盗られたのにも気付かなかった。
された時と同じく唐突に唇を離されて、先ず目に飛び込んできたのは空を漂う青い風船だった。
「こ、んのやろ・・っ」
顔が熱いのを自覚しながら、何食わぬ顔で空を見上げる男を睨む。
「き、キスしてまで飛ばしたいなら昼間買っとけばよかっただろ!」
「お前が子供みたいなこと言うからだ」
平然と言い放つセフィロスの目許がほんのり紅く染まっていた。それに気付いて、クラウドの顔も益々熱くなる。
「・・なんでキス・・」
「んん」
「・・・なんでそんなに飛ばしたかったんだよ」
「それこそ、お前が一番よく分かっているだろう」
なんとなく引っかかる物言いだった。
「500ギル・・」
「いるかっ!!」
値段まで知ってるのか、と改めて気付いて悔しくなったのは、クラウドが家へ帰って暫くしてからだった。
草原の丘にも、夏の草花が盛りを迎えた日没時、いつものように風船を飛ばしに来たクラウドは、そこにセフィロスが居ないことを不審に思った。
仕方ない、と一人で草の上に腰を下ろす。あれからクラウドの日課には必ずセフィロスが伴うようになっていたので、こんな違和感も当然だった。
結局、あの例外を除いてセフィロスに風船を飛ばされることはなかった。
それは少なからず、セフィロスが町に風船を買いに来ないことへの仕返しみたいなものも含んでいる。
「クラウド!」
名前を呼ばれた。振り向く前に、頭上の赤い点に気付いた。
もうすぐ見えなくなる。見入っていると、声の主が隣りに並んでいた。初めて会った時のように気配がしないということはなかった。
「セフィ・・」
セフィロスは、クラウドが驚いて二の次が継げなくなるほどの、大量の風船を持っていた。
前から見ただけでは数え切れない程の。クラウドが三日も掛けて売れるか売れないかという数。
「誕生日プレゼントだ」
「・・・たん、じょうび?俺の?何で知って・・これどうしたんだ?」
立派な成人男性が体ごと浮き上がるんじゃないかというそれらを持ったまま、セフィロスはなんだか得意げな顔で笑った。
「これだけあれば満足出来るだろう。俺も飛ばせるし」
クラウドの質問は当然の如く無視された。
「久しぶりに聞いた。あんたが俺の名前呼ぶの」
「そうだったか?」
「そうだよ。あんた・・セフィロスいっつもお前とか、酷い時なんて貴様とか言うし」
「そうだったか」
「それでは、そのお詫びも兼ねて。誕生日おめでとう、クラウド」
差し出された風船を受け取って、今度は自分から口付けた。
end.