[I thought it was so.]









「死なないの?」

扉から離れることなく、ルクレツィアは静かにそう言った。
保育器の中に横たわる生まれたばかりの赤ん坊は、古代種ではなかった。
それとは対極に位置する星の災厄。母親とも父親とも違う色の瞳と閉じていれば、何の変哲もない愛らしい子供に見える。
「この通り元気だよルクレツィア」
「薬品は試したの?」
「ああ。でも生きてる。きっとこの子は死ぬべきではないんだよ」
安心させるよう笑顔を作るが、ルクレツィアは視線を床に落としたままこちらを見ようともしない。
「その子を生かしておけば、いつかきっと問題が生じる」
「・・・それには君は反対じゃなかったのか?」
保育器を離れ、ルクレツィアの肩に指先で触れると、彼女はそっと胸に額をあずけ、喉の奥で唸った。
「殺せないわ。あの人との子供を」
処分するなんて。
嗚咽を噛み殺すルクレツィアの細い体に、ちょっと躊躇ってから腕を回した。数時間前まで子を宿していた腹はすっかり削げ落ちていて、体が密着する。
「実験が失敗だと判った以上、それに関わった科学者として私はセフィロスを処分する責任がある。でも、私にはあの人の子供を殺すことはできない」
「宝条はなんて言ってるんだ?」
「まだ会ってないの。でも多分あの人はこの実験を失敗だとは思っていないとおもう」
ルクレツィアの出産直後の弱った体を支えるように抱きしめながら、本来これは夫であり父親である宝条の役目ではないかとうっすら思った。
どうしてここに宝条がいないのだろうと思うが、それは彼が夫であり父親だからなのかもしれない。

「・・・・・・あなたの子供ならよかったのに・・!」

腕の中で慟哭するルクレツィアに、宝条に、セフィロスに、自分に、理不尽な苛立ちを感じた。

「あなたの子供なら、迷うことなどなかったのに!」

科学者としてなのか、母親としてなのか。わかりきっている答えを聞くのが怖ろしい。
「薬品も注入したし、酸素濃度も低くしてみたけど、死ななかったんだよ」
もう止めることなど出来ないのだと、誰かが囁いた様な気がした。









end.






殺さなかったのか、殺せなかったのか。