[完全な歩幅]









かつての英雄が巻き起こしたメテオ事件後、その終末を見届けた星の救世主の一人であるクラウドは、
旅の途中で購入したコスタ・デル・ソルにある別荘で平穏に暮らしていた。
命をもかけて共に戦った仲間たちとは、頻繁とは言えないまでも、連絡を取り続けていた。
彼には今同居人が居る。
それは折りしも星を脅かすこととなった、セフィロス本人だった。
最後の戦いの後、離愁とも言える悲しみに押し潰されそうになったクラウドは、その決戦の地である
北の大空洞で彼と再び邂逅を果たしていた。
悩むまでもなくそのまま自邸へ連れて来た。まさか仲間に言うわけにもいかず、
せめて帰途英雄として顔の知れていた彼が誰にも見咎められなかったことを幸いに思った。

「どうしてあんた生きてるんだ?」
「わからない」とセフィロスは言った。「気がついたらあそこにいて、おまえのことを考えていた」

同居生活が半年にもなる頃、すっかり和やかな余情を示しだしたクラウドの元へ久しぶりにティファが顔を見せた。
突然の来訪に、クラウドは考える間もなくセフィロスを一番奥の部屋へやって、笑顔で彼女を向かい入れた。
暫く二人はここ最近の自分たちの身過ぎなどを談笑していたが、ティファは不意に黙ってクラウドを見つめた。旅の終わりと同時に思うところがあると言って一人で暮らし始めてしまったクラウドは、以前の明るさを取り戻しているようにみえた。
ティファはグラスに残った溶けかけた氷を弄びながら言った。
「ミッドガルも少しずつ回復してるわ。バレットもいるし、皆もよく顔を出すの。確かにここって素敵だけど・・・」
一緒にミッドガルへ戻って欲しい。ずっと言いたかった言葉を、ティファは吐き出した。
しかし勿論クラウドはそれを快諾することは出来なかった。
クラウドに柔らかく躱されてしまったティファは、答えは知っていたとばかりに溜め息をついて、微笑んだ。

今日はこのまま泊めてもらおうかなどと考えながら、ティファは何気なく部屋を見渡し、気づいた。
別荘内は半年ほど前に訪ねた時と変わっていない。
だが、彼女はそこに明らかに一人で使うには多い食器類や、主人が好みそうにもない書籍などを認めた。
訝しげに首を巡らす彼女に、クラウドは幾分気まずそうに、しかし穏やかに言った。
「此処を離れられない理由の一つ。・・・今、とてもしあわせなんだ」
ティファはカップをテーブルに戻して立ち上がった。
「家の中、見てもいい?」

ティファは用心深げに一部屋一部屋見て回った。
クラウドは黙ってそれに続いた。とうとうその部屋の前に来た時も何も言わなかった。
ティファは無遠慮に扉を開け、薄明るい室内をドアノブに手を掛けたまま見回した。
きょろきょろと動いていたティファの視線がセフィロスの座るベッドを往復する。クラウドは咄嗟に言い訳めいた言葉を心中に並べた。
セフィロスが困ったような顔でこちらを見ている。
ティファは眉一つ動かさなかった。そのまま扉を閉め、静かに笑った。
帰り際、ティファはまるでクラウドを憐れむような瞳でまた少しだけ笑い、「またね」と言った。
それ以後、ティファはクラウドと、この家で会うことは無かった。

セフィロスは玄関扉が閉まったのを確認して居間に戻ってきた。
クラウドは彼に笑いかけながら口付け、しっかりと手を握った。
「・・・許して、くれたのかな」
「随分と肝の据わった女だな。こっちのほうが驚いたぞ?」
「苦労してるんだよ」
ほんの少しの皮肉をこめたそのいらえに、セフィロスが眉を寄せたので、クラウドは素直に謝った。


+


セフィロスは年をとらなかった。
それはジェノヴァ細胞をその身に宿しているクラウドも同じだったが、彼は太りも痩せもせず、髪すら伸びなかった。
さりとて二人がそれを気にすることは無かった。そんな不条理に、今更、といった体(てい)だった。
同じベッドで朝を迎え、一緒に食事をして、天気の良い日は浜辺へ出、夜は抱き合った。文字通り抱き合って眠るだけの日もあった。
クラウドの見る夢にさえセフィロスがいた。セフィロスは夢も見ず深く眠った。
それはとても平穏な日々だった。喧嘩もしたが、平穏には変わりなかった。終わり無き、日常。
時折クラウドを訪ねる友人たちも、彼の同居人については何も言わなかった。セフィロスを視認出来ないみたいに。
ただ二人分の食器を見て、あの時のティファのような顔をするだけだった。クラウドにはそれが逆にありがたかった。

数年の時が流れ、クラウドは漸く、自分を取り巻く人々の反応から、セフィロスはもうこの世の者ではないことを知った。
それでも彼は動じなかった。むしろ、永遠を約束された将来に涙すら流した。
クラウドには自信があった。セフィロスを認知できる唯一の自分が共に居る限り、彼は消えないだろうと。
幸い、コスタ・デル・ソルは、休暇を目一杯楽しもうという人々が入れ代わり立ち代り出入りするような場所だからクラウドのことを気にするような人間はいない。二人にとって気楽といえた。
クラウドは、でも外食は控えたほうがいいのかなと言って苦笑した。
そんなクラウドの後ろでのんびりと読書に興じていたセフィロスは、彼の独り言を聞きつけて、不思議そうな顔をした。







end.