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窓から差し込む朝日がすらりと伸びてベッドの上に這い上がった。
光りの帯にちょうど顔の上を横切られて、クラウドは眩しさに目を開ける。
ちょうど朝日が顔に当たる位置で寝ているのは、朝まで身じろぐ程度しか動かない寝相の良さを利用して、朝日を毎朝の目覚ましの代わりにしているためだ。その日の天候によって少しは変わるが、だいたい毎朝6時30分から7時にかけて、真新しい朝日の洗礼を受ける。目覚まし時計の無遠慮な電子音が好きになれないのと、隣りに寝ている彼を起こさぬように。
こちらに背を向け、薄い掛け布団に顔を埋めているセフィロスをころりと転がって視界に入れる。すっかり寝起きの悪くなったかつての英雄に微苦笑を浮かべると、クラウドは二十代前半の、彼と同居し始めた頃より幾分細くなった足をベッドから下ろした。
下だけ穿いていたパジャマを脱ぎ捨て、ジーパンと襟元の大きく開いた薄手のシャツを衣装掛けから引っ張り出す。欠伸交じりにそれらを身に付け、裸足のまま部屋を出た。
洗面所で顔を洗って口を濯ぎ、フェイスタオル片手に外へ出る。コスタ・デル・ソルは今日も晴天だ。


クラウドとセフィロスがこの別荘で共に暮らすようになってから、両手ではとても足りないくらいの年数が過ぎていた。
何度か住まいを変えたし、今でも長期の旅行にはよく行くが、なんとなくここが拠点になっている。湿度の低いからっとした気候は肌に良く馴染んだ。それに、海は嫌いじゃない。
堤防の向こうから、朝も早くから浜辺へとくり出しているらしいサーファー達の歓声が聞こえてきたのに、若いなァなんて反射的に思ってしまって、クラウドはそんな自分に失笑した。

クラウドは現在40歳を過ぎていた。
街のガキどもには既におっさん呼ばわりされる年齢である。
とはいえ本当におっさんくさいわけでは決してなく、仲間達と星の命を掛け旅をしていたあの頃とまでは言わないが、現在もしっかり鍛えているので10歳以上若く見られたりしている。セフィロスやたまに会いに来るティファたちが言うには、それは体格のせいというよりこの少々童顔めいた容姿のせい、らしいが。


玄関先で青空に向かってぐっと身体を伸ばし、ついでに腕を付け根から数回まわして身体を解した。いつも通り起き掛けのだるさを感じないのに満足しつつ、玄関前に置かれた新聞を拾い上げる。(ポストを用意するのは面倒なので既に諦めている。よく盗まれないもんだと思う。)数年前から発行されている、通称「無精者の新聞」。一週間に一度だけしか発行されないそれは、その間にあったことを端的に纏めて書き記してある。世間と微妙な距離を保てる便利な新聞だ。

記事をめくると、小さな紙切れが中から滑り落ちた。追いかけて摘み上げる。薄水色の長方形のそれは、郵便の不在通知だった。時刻は記されていなかった。どういうことだよ、と軽く呆れる。どの道新聞に挟まっていたのだから、それより前に来たのだ、配達人は。そんな時間に起きてるわけがないじゃないか。
下の方に通信販売会社と二人がひいきにしているミッドガルの大型書店の名称、そしてTo Sephiroth.と書いてあった。
コスタ・デル・ソルにも一応本屋はあるのだが、ほとんど出店のような規模なのでセフィロスが求める本はあまり手に入らない。それにしてもこの間大量に買い込んでいなかったか、と思ったが、別に本を読むことに反対はあるわけもないので好きにさせておくことにした。
セフィロスが読む本は、意外にも統一性がない。読んでみればと差し出せば、ファッションの本だろうが料理の本だろうがちゃんと目を通す。
ここに来た当初は別荘の管理人が置き去りにした本を読んでいた。パズル系や算数の問題集(管理人夫婦の子供用だと思われる)の抜けた箇所を律儀に埋めたりしているところも何度か見掛けた。それからこの地方の気候、植物、歴史の本なんかを。これは割りとヒットだったらしく、その後も様々な土地についての文献をよく読んでいる。クラウド自身は活字との相性があまり宜しくないので、本を読んでいるセフィロスを見ていることの方が多い。そうすると当たり前だが彼の読んでいる本の内容なんてなんだっていいわけで。
そんなわけで、今回も深く考えず不在通知を新聞に挟みなおし、朝食を作るべく、本当に強盗が来たなら苦も無く叩き壊せそうな造りの木戸を押し開いて家の中に戻った。

セフィロスはまだ寝室だ。珈琲のにおいでも漂わせれば勝手に起きてくるだろうとまず珈琲メーカーをセットする。
ガス台の前に立って、結局料理は俺担当になっちゃったなと思いながら片手で卵を二つ割ってフライパンに落とす。常に同居人が傍にいるせいで、口に出しての独り言は無いが脳内での独り言は増えた気がする。脇にベーコンを並べ、水を入れて蓋を被せた。それから数秒も経たないうちに火を消してそのまま蒸らしおけば、ちょうどクラウドとセフィロスが好む「半・半熟」の目玉焼きが出来上がるのだ。
卵の黄身が良い感じに固まっていっている間に手早くサラダを作って、パンをトースターへとセットする。
目玉焼きとベーコン、そしてサラダを大きめの皿に盛りつけた頃に、二人分の珈琲が出来上がった。最後にコスタ・デル・ソル名産の南国フルーツをガラスの器に積み上げれば、朝食の完成だ。


珈琲をカップに注いだところで、開けっ放しにしておいた寝室からセフィロスが起きてきた。クラウドと同じく薄手の、黒いシャツに灰色のズボン。シャツはボタンを留めておらず前が全開だった。クラウドは自分の分の珈琲に口をつけつつ、おはようと声を掛ける。
「・・・クラウド・・・おまえ昨日オレを剥いだな・・・」
洗面所を素通りしてリビングに入ってきたセフィロスの声は寝起きのせいかいつもより低いが、怒っているようでは無かった。問い詰めるというより確認しているだけのような口調。
「ああ、俺のパジャマ見つかんなかったから。でも下脱がせてもセフィロス全然起きなかったぜ」
「・・・・・・・・・起きてた」
セフィロスの小さな呟きはクラウドの耳に拾われることはなく、「なに?」と訊き返される。
「なんでも」
ふいと踵を返して洗面所へ消えたセフィロスに首を傾げながら、彼の分の珈琲をテーブルに置き椅子に腰掛ける。食事は一緒に摂るのが習慣なので、先に手をつけることはしなかった。


地下から汲み上げられるためキンと冷えている水で顔を洗い、フックからタオルを取って鼻先に押し当てながらセフィロスは一人ぐうと唸っていた。
昨夜は、セフィロスが先に寝室に入った。クラウドはなんでも昼間釣った魚を燻製にするんだとか言って居間に残っていた。
ひんやりとしたシーツに顔を埋めて、もうすこしで眠りに落ちる、と思ったあたりで、クラウドが寝室にやってきた。早かったな、と霞がかった頭で思いつつ、なにやらベッドの周りを音を立てないようにして行ったり来たりしているクラウドの気配を何とはなしに辿る。
漸く足を止め、ベッドの真横辺りで静止しているらしいクラウドをちょっと訝しく思い始めたところで、セフィロスは何の前触れもなく掛け布団を捲られパジャマのズボンを下ろされた。
瞠目しているセフィロスに気付くことなく、クラウドがごそごそと動く気配がした。パジャマの上は裾が長めのものだが、ズボンを取り払われた両足はしっかり外気に晒されている。なんとなく心許無く、なにより無言で脱がせたクラウドの次なる行動が気になる。
セフィロスが起きていることに気付いていないらしいクラウドは、別に何をするわけでもなく、何事も無かったようにシーツの間に潜り込み、露出したセフィロスの足と自分にシーツを掛け直してそのまま寝息を立て始めた。


別の誰かが聞いたら「それがどうしたの」といわれる内容なのかもしれないが、セフィロスはあの時、なんというか、スカを食らったような気持ちになったのだ。
今更そんなに意識することでもないのだが、と鏡を見れば、どこか憮然とした顔と眼があった。なんとなく睨みつける。
「セフィロスー?朝飯冷めるぞー」
リビングから呼びかけられて、不毛な睨み合いに見切りをつける。最後に濡れてしまった前髪の先を一拭きしてからリビングへ向かう。
クラウドと対面の席に腰を下ろすと、真っ先に珈琲を手にとって一口含んだ。程よい熱さにほっと息を吐く。半分ほど飲み干して「いただきます」と告げてからフォークを取った。
「あ、まって」
同じようにフォークに手を伸ばしたクラウドが、はっとしたように立ち上がる。そのままの姿勢で停止したセフィロスの背後に回り、わざわざ腋の下から手を差し込んで相変わらず全開なシャツのボタンをひとつひとつ留め始めた。
「肌に掛かると熱いぞ」
「・・・・・・・・・・」
このままこのフォークを突き立ててやってもいいな、と腋から生えた腕を眺める。しかしさかさかとボタンを留めていく器用な手は、セフィロスがそれを実行する前に役割を終えて引っ込んでいった。
椅子に戻ったクラウドはどこかにこにこした顔でパンにバターを塗り始める。

すっかり見慣れた顔、数え切れないほど繰り返した朝なのに、それに飽きる兆しまったく訪れない。
目玉焼きをフォークで割ると、皿に流れ出さない程度にとろりとした黄身が顔を見せて、セフィロスはほんのすこし溜飲を下げた。







end.







シリアスぶるのはやめました。(いや元からそんなにシリアスっぽくなかったかもしれないけど・・・)
前作の設定を踏まえて辻褄会わせようとすると、
・セフィロスは幽霊(みたいなの)だけど書く上ではあんま気にしない
・ティファたちとは和解した
・なんか働かなくてもお金はあるらしい
・・・最初のが一番無理がある気もするが、いいよもう幸せだったらそれで。続きが書けて嬉しいです

図らずもクラウドの誕生日(8/11)にアップとなりました・・・わお