[ 歩幅を揃えて ]










四角く切り取られた天窓から燦燦と降り注ぐ朝日が眼に痛い。
反射的に目を閉じて、暗闇を見つめながら手を伸ばす。隣りにあるはずのぬくもりを探すも、掌は平らなシーツを撫でるばかりで求めていたものには行き当たらない。温かいのか冷たいのか、掌には既に感覚はない。ただ、シーツを撫でる、その感触だけが掌を滑る。ゆっくりと目を開けて、上体を起こす。俯くと左右に垂れてきた長い髪が幾ばくか眩しさを和らげてくれた。自分のへその辺りが見える。

俯いたまま、クラウド、と呼べば、声が返ってくる。

朝だぞ、起きなくていいのか。いつもなら朝食を作り終えて、オレを起こしにきている時間だろう?
跳ねるように起き上がり、ごめん、すぐ支度する! 慌しくベッドを抜け出し部屋を飛び出していく。その後姿に、小さな笑みが零れる。誰も急かしているわけではないのに。予定があるわけでもなし、少しくらい朝食の時間が遅れても何の問題もない。もう一度身体をシーツに預け温かな陽だまりと戯れようかと思いもしたが、相変わらず温度を感じない体を思い出し、結局動けなかった。規則正しく上下する腹を見つめたまま、静止する。
キッチンからクラウドの呼ぶ声が聞こえた。
随分早かったな。半ば感心しながら、鬱陶しいだけのシーツを押しのけてベッドを降りる。コーヒーの落ちる音、ベーコンと卵の焼ける音、椅子を引く音。そしてクラウドの忙しない足音。テーブルにつく。流しとガス台の前を行き来するクラウドに、皿を割るなよとオレが言う。そうすると、アンタが言うなとクラウドが返すのだろう。テーブルに肘を着き、部屋をぼんやりと見渡す。
何の音もなく、何の動きもない寒々とした部屋を。


あの時オレはクラウドの手によって再び地上に引き上げられた。クラウドはなにもかも終わったのだと言って、新しく始めようと続けた。オレは考える前に頷いていた。
年をとらないオレに、アンタを残していくのは嫌だな、と言ったのはクラウドの方で、現にオレもそう思っていた。死ねないのだ、自分は。何かがおかしいから。
人間は望む望まないに関わらず当たり前に老いてそしていつかは死ぬものだ。だかオレは既に1度死んでいるようなもので、生きていること自体がおかしいのかもしれない。或いは今の自分は幽霊のようなもので、星に漂う空虚な残像であるのかもしれない。
しかし実際先に逝ったのは、この星からいなくなったのは、クラウドの方だった。
事故だった。呆気なかった。身体が潰れ、修復が間に合わないまま心臓が止まり脳が活動することを止め心を伴ってこの世から消えてしまった。
死とは、誰からも認識できなくなること。誰もいない部屋をもう一度眺めて、頭の中に当たり前のように再生されるかつての日々の光景を追う。目の前に湯気を上げるコーヒーカップと皿が二人分。対面の席にはクラウド。明るい金髪に青い目、すっかり大人びた顔つきで笑いかけてくる。狂おしいほど胸が締め付けられる。

「クラウド」
なんだ、と彼が応える。
「もう感覚がない。温度も感じないし、さっきから視界がぼやける」
クラウドがテーブル越しに手を伸ばしオレの指にそれに重ねる。

俺の体温は心の中に思い出せばいい。俺の姿は目を閉じれば見えるだろう? そう彼は言う。

(・・・・そうだな。)
口にしたはずの言葉は音になることはなく、喉から渇いた呼吸音だけを漏らして散っていった。全ての機能が緩慢になり、役に立たなくなっていく。誰かに認識してもらえなければ存在出来ない。一度死んでいるのだから。
とうとうテーブルに突っ伏して、目を閉じ口を閉ざし記憶だけを追う。
セフィロス、と声が聞こえる。何度も繰り返し。聴きなれた響きは少しずつ小さく、遠くなっていく。
オレが認識することをやめれば、クラウドも存在することが出来なくなるということか。一度死んでいるのだから。
そう思うと、胸の奥に焦りが沸いてきた。最後の力を振り絞り顔を上げようとしたが、それは叶わなかった。身体がぴくりとも動かせない。
せめて心の中でクラウドの名を呼ぶ。
その時、思いがけず、背後から抱きしめられた。これも幻想か。判断がつかない。それでも回された腕は確かな力強さと失ったはずの温かさを伝えてくる。


振り返れば、きっとクラウドと目が合うのだろう。彼の青い瞳はよく覚えている。だから、実際に振り返って見る必要はない。自分はそれを知っているのだから。

クラウドはセフィロスを抱いて、満足げに目を閉じた。二人には、確かに、この場所、この瞬間こそが約束の地だった。










end.

















『完全な歩幅』と同設定で。あくまで可能性の内のひとつということで、完全の続きではないです。クラウド先に逝っちゃやだし・・!!
いい加減両思いなふたり。好きです。
セフィロスはクラウドが好きで、クラウドも同じくらいセフィロスが好き。
クラウドはセフィロスが好きで、セフィロスも同じくらいクラウドが好き。
同等の愛を返してくれるんだぜ!すげえな! 想像するだけで胸が震えるわ。
自分の気持ちに観念した後のクラウドは、すごいと思います。包容力も伊達じゃない。くっせーセリフもバンバン吐きそう。
寒いのか?・・・温めてやるよ。俺の優しさという名の毛布でな。とかクラウドが言ってたらどうしようか。アンタを愛してる。とか、ほんとに綺麗だな・・・・眩し過ぎて、直視できない。くらいは冗談でなく言いそう。いや言わないか。でも言ってても全然違和感ない。よくわかんなくなってきた。

あと約束の地って「場所」じゃなくて「時」って考え方もありだなって