[ 彼の休日 ]








通信を切ったセフィロスは「収集だ」と立ち上がった。

予想通りの言葉に、相変わらず忙しいなと、休日などあってないような彼に対してよく体が保つものだと感心すらする。
俯いたまま立ち上がらない俺に彼は何を勘違いしたのか、腰を折って頬に掌を滑らした。
眉を八の字に下げ、ひたりと視線を合わせられる。今日は一日一緒にいる、という当初の約束を破るのを心苦しく思っているのだろう。こちらとて彼の立場は知っているし理解もしているつもりだ。拗ねているわけではないのだが。普段の貼付けられたようなポーカーフェイスは、周りから評されているのとは違い意図してやっているのではなく平素からの無表情だとは知っていたが、それでもそれを崩せたのが思いの外嬉しかった。心底困っているのがわかって、勘違いだとはいえ苦笑が顔に浮かぶ。寄せられた手に手を重ね、怒っていないと軽く頷いてみせた。
するりと彼の指先が一度頬をなぞり、離れてゆく。
寝室に消えた彼が戻って来た時には、既に支度を整えていた。見慣れた黒ずくめの制服が目の前を通り過ぎる。一分の隙も無い後ろ姿を沈黙のまま見送った。

帰宅時間を訊くことを忘れたとこに気付いたのは、扉が完全に閉まった後だった。伏していたソファから起き上がり全速力で彼を追いかけた。


玄関を出て右手奥、エレベーターの到着を待っているセフィロスを捕らえることに成功する。僅かに目を見張ったセフィロスに、帰りは?と開口一番問い詰めていた。セフィロスは一言質問に答えて申し訳ないと再度謝罪する。その必要はないのに。改めて余計に彼を困らせたことを少し悔いた。
これから仕事に向かい少なからぬ疲れを身に被るであろう彼をせめて安心させて送り出してやりたいと思った。

「書斎に入ってもいいか?液晶端末も、出来れば弄らせて」

交換条件というのは難な言い方だが、彼に負い目を感じて欲しくはなかった。
自宅に唯一設けられている仕事用の部屋は、ソルジャー候補生なら喜んで漁りたくなる資料が整然と並べられている。強請ったことがないから断られたことも当然無かったが、全く気にならないというよりは、遠慮というのが確かにあった。
セフィロスは唐突ととられてもおかしくない要求に一呼吸分間を置いた後、嬉しそうに・・・微笑った。

「入って左側の棚はあまり弄るな。古い書物だから破損しやすい」
「わかった」
「よくさらえよ」

タイミングよく到着したエレベーターに、セフィロスは軽やかな足取りで乗り込んでいった。その背を見つめながら、俺は狙いとは違うところでセフィロスを喜ばせたことをなんとなく察する。なんであれ、気分を上向かせられたならそれでいい。
この後就く仕事の内容がどんなものであれ、エレベーターという箱に納まったセフィロスの表情は、どうみても落ち着いていて平和的である。限定された範囲に納まる生き物というのは、ちょこん、として見えて、かわいくおもう。
さすがにそんな思考は心の内だけに隠して小さく手を振ると、扉が閉まる前に腕を伸ばしてきたセフィロスに何かを寄越された。カードキー。

オートロックの玄関の扉を振り向いて、ばつの悪さに耳に掛かる髪を不必要に梳いた。

「あ。あんたは?」

今では俺のものとなっているスペアキーは、面目ないが部屋の中。セフィロスはしたり顔で目を逸らし言った。

「お前が開けてくれればいい。次からは」

そこでぴたりと、隙間なく扉は閉まった。続く言葉は、「気をつけろ」といったところだろう。
覗き窓のないエレべーターの扉に向かって、俺はひとつ頷いた。










end.