[大きな声で言わないで]











「ティファ!」
「クラウドが帰ってきたよ!」

店の外から明るい声が聞こえて、滑り込むように子供たちが入ってくる。
息を切らせてカウンターに乗り上げたのは、満面の笑顔を湛えたマリン。髪を結いあげるピンクのリボンが乱れていたので直してやると、それどころじゃない、と頭を振って嫌がった。
マリンの後ろでそわそわしながら扉を気にしていたデンゼルがもう一度口を開く。
「クラウドが帰ってきて、今バイク止めに行ってるんだ!」
「今回は最短記録!」
「あら、そう?」
壁掛けのカレンダーを見る。クラウドが出て行ってから6日。
ほんとうはそんなもの見なくても即答できるのだけど、確かにこれまでで一番早い。

「今度のは小さな歪みだったものね」
「なぁに?ティファ」
独り言を聴きつけたマリンを笑顔でかわして、拭き終えた食器を戸棚に仕舞い代わりにフライパンを取り出す。
冷蔵庫から食材を運んでくると、首をかしげた二人が心配そうな顔でこちらを見ていた。
「迎えに行かないの?」
「マリンとデンゼルは行ってきていいわよ」
「・・・・・・・・・怒ってる?」
クラウドのこと、とマリンに問われて、思わず小さく噴出してしまう。卵とパセリを両手から下ろして、カウンター越しに二人へ得意げな笑みを見せてあげた。
「どうせろくに食べてもいないだろうから、何か作ってあげるの。だからお迎えは二人に任せてもいい?」
安心したらしい二人は、大きな声で返事をして表へ駆けて出していった。再び店内が静かになる。

怒っているわけじゃない。食事を作ろうと思ったのも本当で。寂しいとかうんざりとか、二人を心配させるような気持ちも沸いてはこない。
ただ、慣れてしまっただけだ。




クラウドが時々黙って店を空けるようになったのは、あの、忘れられない第二の戦いが終わってそう日も経たない頃からだ。
正直最初は、クラウドへの信頼と不安な気持ちが彼の居ないこの場所で交互に襲ってきて、気が気ではなかった。
必ず戻ってくるとは、信じていた。でもそれが何日、何ヶ月、何年後のことかは分かりかねて、店の営業の合間に近くを探しに行ってしまったりもした。
クラウドは帰ってきた。一月かそこらで。
その時私は彼の帰宅に驚かなかった。クラウドが出掛けてから(そういえば私は彼が『出掛けている』だけだと無意識に知っていた。)一週間ほど経った頃からだろうか、胸にわだかまる不安や焦りを次第に感じなくなった。ここは私、彼、そして二人の子供たちの『家』だ。
手の掛かる大きな子供が一人減った、とマリン達に冗談を言ってさえいたほどだ。そしてその通り彼は帰ってきた。
マリンとデンゼルはさすがに不安だったらしく、帰ってきたクラウドに抱きついて泣いていた。
デンゼルは些か不満そうに。マリンは、説教。私は三人の後ろで笑っていた。
出て行った時と同様ふいに帰ってきた彼は、ただいま、と少し気まずそうに、笑顔で言った。

小さな家出事件(そうマリンは呼んでいる)はそれで終わらなかった。
クラウドは時々家を空ける。一言告げて出て行くこともあれば、仕事先から直接行ってしまうこともある。

行き先を突き止めようとする子供たちを制したのは、クラウドではなく私だ。
彼が出掛けるのには一つの法則があるのに気付いたのは、いつだったか。それはこの星で起こる、さほど目立たない、事件。
些細なことから、村一つを不安に陥れる自然災害まで。予期せず起こってしまったそうした出来事の現場に、クラウドは行っているのだと思う。
別に救助や支援に行っているわけではない。そんなものを必要とするほど大げさなものではないから。例えば小さな村で地震が起きたとか、花畑の花が全滅したとか、そういうこと。
どこで聞きつけてくるのかは知らないけれど、兎に角クラウドはそこへ向かい、そして帰ってくる。
長くはもたない命を宿した、あの男の欠片との、短い逢瀬のために。



湯気を立てるオムレツとパンをおしぼりと一緒にカウンターに出したところで、マリンとデンゼルに左右の手を引かれてクラウドが帰ってきた。
「ティーファ!連れてきたよ!」
早速二人に振り回されたのか、苦笑を滲ませたクラウドが暮れ掛けた陽の光を背に顔を上げ口を開く。

「・・・ただいま」

そうして、長旅に若干疲労した、しかし満たされた表情で私に笑いかける。
私が返す言葉も、いつもと同じ。おかえりなさいと、笑いかけた。



揃って手を洗いに行ったマリン達を見送って、カウンター越しにクラウドと向かい合う。
「いただきます」
再三の教えが効いたのか、クラウドはきちんと告げてからフォークを取る。つい心の中でよく出来ましたと返してしまう。あの時言った、「大きな子供」も、あながち冗談でもないかもしれない。
黙々と卵を口に運ぶクラウド。今だ背負ったままのホルスターを下ろすよう言おうと思ったが、止めた。

(お母さんじゃないんだから。)

それに今は食べるのに夢中のようだ。
「・・・・・・・・・」
じっと見つめていたら、ふいにクラウドが顔を上げてきた。かち合った視線に、なんでもないと首を振る。


(きっかけはいつもセフィロスね。)


「ごちそうさま」
いつの間にか空になっていたお皿の上にフォークを置いて、クラウドがぐっと伸びをして首を鳴らす。
「よく出来ました」
お皿を下げつつそう返すと、彼はわかってない顔で、
「ん?ああ」
とあどけない顔で言い、シャワーを浴びに席を立った。
次は後片付けでも教えてみるか。
つい冗談で、そんなことを考える。思わず笑ってしまって、戻ってきたマリン達に怪訝そうな顔をされてしまった。


――――私もいつかまた、あの人に会えるかもしれないね。


















よくできた女(ひと)だ。
ティファにとって、セフィロスは不思議な存在なのでしょうか。妖精みたいな。(乙女チックな意味でなく)
理解できないけど、諦めてるような