[恋しいんです]
「なんだ、おしめか?お腹が空いたか?」
ベッド脇に放り出されていたベビーチャイムをセフィロスの頭上で幾度か鳴らして、乳母の真似事をしてみる。
しかし所詮真似は真似でしかなく、小さな赤ん坊は泣き止む気配すら見せてくれなかった。
玩具をベビーベッドに戻して体を検分してみる(その動作すら危うかったが)、オムツは綺麗なままだし、
差し出した指を咥えてくることもない。どうやら辛うじて思いついたその二つが原因ではないらしい。
「どうしろというのだ・・私は科学者だぞ・・」
呟いてみても、それを聞いて助けに入ってくれる人は周りにいない。それどころか助けてくれなさそうな者すら周りにはいなかった。
そうこうしている間にもセフィロスの泣き声は増すばかりだ。宝条はそれに急かされ、いつもの判断力を失ったようにベビーベッドの周りを歩き回った。
「もう誰でもいいからどうにかしてくれっ!」
「そう言われると出て行きたくなくなるな」
突然後ろから聞こえてきた声に、宝条は不機嫌を露わに振り向いた。
「・・・・・・・いつからいた」
「たった今、と言っておこう」
宝条が凄んでみても、優秀なタークスはまるで涼しい顔だ。珍しく声を荒げたところを見られたこともあり、幾分分が悪い。
「それにしても、誰でもいいとは心外だな。呼ぶべき名前があるだろう」
「・・1人な。お前以外に」
「・・・・・・・・」
うぇぇぇぇぇっっ!!!
一際大きな泣声に、二人は絶妙なタイミング同時に跳ね上がった。
「そうだっ、今はお前と言い合っている場合ではない、セフィロスを!」
「・・・・どれ」
やっと扉の前から移動したタークス…ヴィンセント・ヴァレンタインは、ベビーベッドを覗き込んで首を傾げる。
「おしめは?」
「至って清潔だ。・・・おい、見ていたんじゃないのか?」
「たった今来た、と言っただろう?」
ふふ、と口端を上げてみせられて、宝条の苛立ちは更に6割ほど増した。
「いいから早くどうにかしろ!このままでは喉を傷める!」
「もっともだ。まあ見ていろ」
飽くまで落ち着いているヴィンセントは(本来は宝条の方が余程落ち着いた性格なのだが)セフィロスの下に手を差し入れた。
「子供っていうのは、人の体温に安心するものだ。まあ子供に限ったことじゃないが・・・兎に角、こういう時はまず抱き上げてあげるものだぞ」
そう得意げに言って、そっと掬い上げる。緩く抱きしめてやると、セフィロスは泣くのを止めて、笑顔を・・・・
「駄目じゃないか」
「・・・おかしいな」
相変わらず泣き叫び続けるセフィロスは、ヴィンセントが体を揺すってあやしてやっても、逆にその腕から逃れようと暴れるだけであった。
「ぅ、えっえっ、ぅう、」
限界だ、と言う様に喉を引き攣らせるセフィロスに、宝条はなら泣くのを止めればいいじゃないかと思ったが、
赤ん坊相手に言っても無駄だと分かっていることもあり流石に口には出さず、その代わりのようにヴィンセントを睥睨した。
「こら、私のせいじゃないだろう。なんか変なもんでも食わせたんじゃないか」
「誰が!・・ああ、もう・・・」
ヴィンセントは、頭を抱える宝条と渾身の力で髪を引っ張るセフィロスに交互に視線をやって、思いついたように言った。
「なあ、ちょっと抱いてみろ」
「私が?」
「ああ、もしかしたら・・・」
曖昧な返事に少し苛ついたが、ヴィンセントの下唇を指で伸ばし始めたセフィロスを見かねて、渋々腕を伸ばす。
「首元と尻に手をやるのだったな」
「そうそう」
「・・・・ほう」
小さな頭が宝条の喉元に伏せられた瞬間、セフィロスがぴたりと泣き止んだ。
先刻までの形相が嘘のように綻んでいる。
「ちぇ、矢張りか」
「なにがちぇ、だ。使えないヤツ。最初からルクレツィアを呼ぶなりすればよかった」
「うるさい」
「こ、こらセフィロス、それはおしゃぶりではないぞ」
白衣の胸ポケットに差し込まれたボールペンを弄り始めた息子に、少し慌ててストップをかけた。
宝条の腕の長さ分胸から剥がされてじたばたともがいていたセフィロスだったが、
泣き疲れたのだろう、あっという間に寝付いてしまった。
「・・・・もういいな?腕、が、痺れて・・・・・」
「あ、ああ」
抱いた時と同じ慎重さでベッドに降ろす。冷たくなってしまったシーツに暫く身動ぎしていたが、やがて深く寝入ったようだ。
「・・・初めて抱いた」
「大した父親だな・・。それで、抱いた感想は?」
「慣れない・・感触だ・・」
「・・・中々見ものだったよ、宝条が子供をあやす姿は」
「どうやら煩いのは君の方らしいな?」
「可愛いという意味さ。セフィロスも、おまえもね」
速攻部屋から追い出された。頬を染めるでもして恥らってくれたら、と派手な音を立てて閉められた扉を眺めヴィンセントは思ったが、実際やられたら薄気味悪いので、諦めた。
「仕事終わったから構ってやろうと思ったのだが・・・まあ、いいや。夜で」
子供がいるとこじゃヤりにくいし。俺ってなんて気が効いてるんだろう、と鼻歌交じりに呟くヴィンセント。
大概自分勝手な男なのだ。
end.