[室の口蓋]
訓練と社内警備で終わった一日の最後にぬるま湯しか出ないシャワーを浴びてベッドに飛び込む。
冷えたシーツに体温が馴染むのには時間が掛かる。小さめの窓からは、月は完全に雲に隠れているようで一片の光りも入り込んではいなかった。暗く冷たい部屋だ。
それでもクラウドは、ほぅと安著の溜め息を吐いて眼を閉じる。
このところ四晩続けてセフィロスから呼び出しを受けた。
二人でもまだ広いベッドで通ずるために。半ば強制で半ば任意の契約。要は自分はその間セフィロスを満足させていればいい。
オプションで添い寝もついてくる。これで更に甘い言葉を囁けなどと言われたら今頃はキレているだろうが、それは契約内容には含まれていないようなのでなんとかこうして続いている。
奴は多くを望まない。ただ、最小限の命令で己の全てをすり減らせる。
昼間の顔しか知らない奴等のする英雄への賛辞の噂話に、内心舌打ちすることもなくなった。反応するだけ精神力の無駄遣いだと分かるくらいにはなっている。奴に関わる事でこれ以上疲弊するのはうんざりだった。
腕の中でセフィロスはそれは満ち足りた顔をする。涎を垂らして喘ぎ散らしたかと思えば胸に擦り寄り子供のように無垢な表情を作り、サービスで頭を撫ぜてやればちいさな笑みを零す。恋人にむけるそれのような。
表情ばかりではない。抱き寄せると首元に熱の篭った吐息零したり、普段は皮手袋に隠された白い指を背中に這わせてきたりする。クラウド、と、名前を呼んで。
しかし朝目覚めた時、クラウドがまだ部屋にいると途端気分を急降下させるのだ。何故こんなところにいるとばかりにだるい視線を寄越す。まあ最近は自分も心得たもので、早朝三時には部屋を抜け出すのでそんな顔とも暫くご無沙汰だが。ベッドから抜け出すときにセフィロスを起こせばそれはそれで不満らしいので、離れるなとばかりに絡みついてくる腕から逃れ再び彼を寝かしつけるのも上手くなった。
ソルジャーを目指す自分にはまったく必要の無いスキルだと心から思う。
意外なことに、この関係は上の奴等には知れていないようだった。一般的には大の大人の痴情など一々監視する方が「意外」の範疇だろうが、このあらゆる意味で異端児である英雄殿に関してはいくらでも例外が働くので。
正直、何を求められているのかわからなかった。
かねてから容姿にはそこそこの定評があるらしい自分を、コールガールの男版のようなものの代わりにしているのかとも思ったが、それを言うなら当のセフィロスはクラウドの比ではない。少なくとも外面は最高級品のこの男なら、自分より見た目のよい、金を払ってでも寝たいと思う相手くらい簡単に探し出せる気がする。
沢山考えて、それなりに悩んだ時期もあったのだが、はっきり言って面倒になったのだ。かつて雲の上の人だった彼の思惑など自分などには完全に許容容量を超えている。だから考えることを放棄した。
いざというときにはしっかり勃ち上がる自身についても同じく考察は放棄させていただく。
暖かい部屋も、上等のベッドも、隣りにあるぬくもりも、考え始めれば最後何もかもがクラウドを混乱させる。
一人きりのベッドで丸くなり、クラウドはつらつらと巡らせていた思考を中断した。これ以上深みにはまればまた眠れなくなる。少しでも休んでおきたかった。ソルジャー1stともなると体力だって桁違いなのだ。あいつは頭もおかしいし身体のつくりもおかしいと夜の威勢のよさを身に染みて知っているクラウドは思う。
次の呼び出しはいつになるのか、と心の中で呟きつつ、ゆっくりと眠りの入り口に手を掛ける。
セフィロスのいろんな表情を見てきたけれど、泣き顔だけはまだ一度も見ていないな、と沈みかけた頭でぼんやり考えた。
近いうちにそれも見ることになるかもしれない。しかし、それを見てしまったら、今度こそ引き返せないのではないかと。諦めることも無理矢理納得したふりをすることも出来なくなるのではないかと、多分、自分は知っていた。
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