「待ち合わせか?」

頭上から降ってきた声にクラウドが顔を上げると、背の高い男が目の前に立っていた。
暗め赤地に金の刺繍が入った窮屈そうな上衣は近衛服のようで、胸ポケットに無造作に眼鏡を引っ掛けている。プレスの効いた黒いズボンにまで垂れている長い銀髪が彼の輪郭を淡く縁取っていた。今まですれ違った美術館のスタッフはカフェの店員以外皆紺のパンツスーツに統一されていたから、彼はショップ店員かなにかだろうか。

「少し休んでるだけで・・・・・・・別に誰かを待ってるわけじゃない」

思わず敬語を使ってしまいかけて、こっちは客だと思い直してわざと横柄な口調で続ける。
特に気にした風でもなく、男は一度軽く頷いた。クラウドのほうもそれ以上を言うこともないので、口を閉じる。
しかし男は立ち去るでもなく突っ立っているようで、つむじの辺りに変わらず視線を感じた。暫くそうしていたが、堪りかねて上を向くと、ひたりと視線が交わった。
横目で周りを見てみれば、そこかしこに設置されたベンチには自分の他にも人が座っている。中には一人で来ているらしい女の子も何人かいた。

(なんで俺・・・・・・・)

すぐ隣りにいる女なんかめっちゃあんたのこと見てるじゃんか。

そう思いつつも、輝く碧の瞳に見入る。外人だからって有り得ない猫目を凝視してしまう。鋭い眼光にも拘らず全く表情を読ませないガラス玉の様なそれを。

「中は見終わったのか?」

漸く口を開いた男は、そういえばネームプレートを着けていないようだった。

「常時展は一通り。結構下げてんのが多かったけど」
「工事中らしいからな。来年東館がオープンするとかなんとか」

へぇ、と応じつつ、随分曖昧な言い方をするなと思う。
ネームプレートといい見慣れぬ制服といい、ここの館員ではないのだろうか。

「特別展には?」
「別料金取られるし」

そういうと、男は胸ポケットから一枚の紙を引っ張り出してクラウドの膝に置いた。
角の折れたそれは特別展の入場チケットだった。

「わりに面白いらしいぞ」

ここを左に進んで、角を右に曲がれば特別展会場だと聞いても無いのに説明する。
彼の指差す方に見ると、ちょうど曲がり角を男と同じ赤い制服を着た従業員が通り過ぎて行った。

「あんた特別展の・・・・・あれ?」

視線を戻すと、そこには誰もいなかった。
先ほど男をちらちら見ていた女も、今は手元のパンフレットを興味のなさそうな顔で流し読みしている。キョロキョロと辺りを見渡してみたが、それらしい影はどこにも見当たらなかった。

しかし確かに手の中にある彼がくれたチケットを見つめて、クラウドはベンチから腰を上げ、歩き出した。














ボストン美術館で書いたんだけど空気に当てられていたようで今読むと意味が・・
このクラウドはコード着てマフラー巻いてればいいとおもいます