木々に繁る葉は何処までも黒く、森に漂う赤い霧と空の青の間で紫に染まる空気の中にあって一層異様な雰囲気を湛えている。
この異界のような森に住む生き物たちは、森と同じく異形の集まりだった。果たして彼等は自分達が住み良い場所に集まって来ただけなのか、それとも彼等自身の存在が森を変えてしまったのか。いにしえの禁足地の長い歴史を紐解こうとした者は居ない。
上半身だけ見れば、彼等は人間と全く遜色ない姿をしていた。左右対照の眉、耳、眼。その下に整った鼻と口が細心の注意を払ったが如く配置されているその様は、寧ろ美しいと形容されて相違ないほどだ。一人一人個性もちゃんと存在しており、見た目も中身も様々だ。彼等は悲しんだり喜んだり出来る。感情というものを持っている。
彼等が決定的に人間と違うのは、その下半身だった。







[ 裸蟲夢 ]







暗い森の中を、二つの影がゆっくりと進んでいる。彼らの通って来た道には血痕が点々と跡を付けていた。

(ザックス‥‥‥)

黒髪の青年の顔を確認して、クラウドは茂みの陰から若干身を乗り出した。ザックスは血の道標を残している方―――あのけぶるような銀髪はセフィロスだ。顔を伏せていてもクラウドにはわかる―――に肩を貸して、彼を半ば引きずるようにして歩いている。暗い視界でも、眼が慣れているクラウドにはセフィロスが大小様々な傷を負っているのが見えた。血はそこから噴き出しているのだ。クラウドが握りしめている木の幹がギシリと鈍い音を立て、小さな亀裂が走った。
――――彼は受け入れてくれるだろうか。一度は背を向けた相手。「おまえは今なら忘れることが出来る」とセフィロスは言った。「次に会った時は、もう引き返せなくなる。おまえがではなく、たぶん、オレの方が」。
あれからセフィロスには会っていない。
自分の存在は既に記憶の外に葬られてしまっているかもしれない。そうだとしても、それは彼にとって少なからぬ苦痛を伴う行為だっただろうか。自分を忘れることは彼を悩ませたのだろうか。そういう意味でならばクラウドはセフィロスが苦しんだ方を望むだろう。それならもう一度彼の前に姿を現すことはきっと無駄には終わらないだろうから。そんな考えのせいか、セフィロスの血――痛みの証――を目にしたせいなのか、下半身がざわりと沸き立つのを感じたクラウドは、それを諌めるように再び慎重に二人の後を追った。


ザックスはふと立ち止まり、セフィロスの肩を抱え直した。
「おっ‥と‥‥」
ぬめった指先が滑ってしまい、慌ててセフィロスの体を引きとめる。ザックスの半身はセフィロスの傷口から溢れ出た体液でじっとりと濡れていた。
「思ったより傷が深いな‥・」
「‥‥‥‥ザックス?」
足を止めたままのザックスにセフィロスが首を起こした。
「出血がちょい酷いみたいなんだ。ここらで休もうぜ」
「オレは大丈夫だ。行ってくれ」
渋面を見せるザックスに、セフィロスは更に言い募る。
「‥‥大丈夫だ。せめてこの先の分かれ道まで行こう。あそこなら滅多に人は通らない。肩を貸せ、ザックス」
左腕を重たげに持ち上げて、先を促す。無傷の自分より余程落ち着いた顔色を見せるセフィロスに、ザックスは溜め息を一つ零し、言われた通りその腕を肩に担ぎ上げ歩き出した。
暫く歩くと、セフィロスの言っていた通り分かれ道に出た。道から逸れた茂みの垣根を越えると少し拓けた場所がある。ザックスは縦横無尽に伸び地上にまで蔓延っている木の根の間にセフィロスを降ろした。
セフィロスと、隣に膝をついたザックスの下半身が腰を落ち着けるべくざわざわと地を這い始めた。

それが彼等を異形と名付けたる器官だった。
‥・臍の下から肌色が徐々に濃く変色してい、テラテラと光っている。触れれば粘液がべったりと付着しそうだ。人間でいう脚の付け根辺りからは数本の触手が生え、先端は更に何本もに枝分かれしていた。
衣服を着るという習慣の無い彼等の曝け出されたそこは、まるで爬虫類の足にも、海底生物の突起にも見えた。人間の下半身にふやけた肉をめちゃくちゃに移植したように見えなくもない。それらは各々に別々の意思があるように地面の上でのたうっていた。タコのようだと言えば少しはおかしみもあるが、実際はもっと醜悪で奇怪だった。

ザックスのそれは一本一本が固く逞しく、色は淡い水色に近い。対してセフィロスは脚の付け根から暫く一枚の膜が続き、下に行くに連れて突起や分かれ目が増えている。ザックスのものより弾力がありそうだ。色は怪我と付着した血液のせいもあってか濃く暗い赤紫色をしていた。切り傷が時々小さく痙攣している。

セフィロスは、木に背中を預け少し楽になったことで今まで抑えていた苦痛を少しだけ表情に表した。細く吐き出しただけのはずの呼吸が静まり返っている森に思いの外苦しげに、荒く響いた。改めて自分が消耗していることに気付かされて苛ついてしまう。

ふと顔を上げたセフィロスの視線が、ギクリと静止した。

「どうして‥‥」

セフィロスがぽつりと呟いたのに、ザックスがその視線の先に顔を向けた。その直後、茂みからガサリと音がした。
木立を分け入って現れた闖入者は、クラウドだった。幾重にも伸びた細い触手が彼の周りを取り囲み、大柄とは言えない体躯を大きく見せている。実際、クラウドの纏う空気はこの場においてザックスとセフィロスを図らずも圧倒していた。
「クラウドか・・・・・・」
身体を固くして茂みを注視していたザックスが肩の力を抜いてその名を呼んだ。
「驚かせて、ごめん。セフィロスが怪我してるみたいだったから、気になって・・・後付けてた」
「いーよいーよ。俺たちも急いでて気配消してなかったし」
畏まるクラウドに手招きして、ザックスが明るく応える。クラウドは一先ずほっと息を吐いて茂みを抜け前へ進み出た。
名指しされたセフィロスはといえば、口を噤んだまま、息を潜めてクラウドを見つめていた。
「・・・ちょっとトラぶってな、不意を衝かれた」
「ヤツ、か?」
「うん、わりと簡単に倒せたからコピーだろうけどな・・・」
ザックスの言葉に一つ頷いてクラウドがセフィロスに視線を向けると、二人が話している間もずっとクラウドを見つめていたセフィロスとばちりと音がしたかと思うほど強烈に視線がぶつかった。

ヤツとは、近頃この界隈に跋扈している『ジェノバ』と呼ばれる者のことだ。常に均一の姿を取らず、本体は滅多に姿を現すことのないジェノバは、悪意を持っているのかも分からない存在であり、この森の脅威とも呼べる存在だった。
先刻セフィロス達は、突然かまいたちのような眼に見えない無数の刃物に襲われ、次いで姿を現したジェノバコピーを退治してから騒ぎが大きくなる前に現場を離れてきた。何故かはわからないが、ジェノバはセフィロスが居る所に出現することが多かった。そして一匹倒してもまるで引き寄せられたかのようにすぐまた次のコピーが現れる。セフィロスが今回のような下手を打ったのはこれが初めてで、連続してジェノバを迎え撃つのは無理だと判断したザックスが急いでセフィロスを連れてその場を離れたのだった。セフィロスがどう思っているかは知らないが、クラウドはザックスの判断は正しかったと思った。クラウドが二人に気付いたのも複数のジェノバ コピーの気配にいつになく森がざわめていているのを感じ取ってこそだったからだ。

セフィロスの荒かった呼吸は今や浅く長いものに変わっていた。下肢は落ち着きを取り戻し、纏まりを見せて静かに鎮座している。
無言で見つめ合う二人に、ザックスは気を回そうとして、しかしなんとなく野暮になりそうな気がして口を噤んだ。
ザックスとクラウドはかねてからの顔馴染みだが、セフィロスとクラウドはザックスが知る限りでは初対面のはずだ。クラウドはセフィロスのことを知ってるだろうが、セフィロスは名前すら聞いたことはないだろうに。しかし今目の前にいる二人には、明らかに初対面の趣はなかった。

クラウドは物言いたげに胸の前で拳を握りしめセフィロスを見下ろして、口を開き、またつぐんだ。それを黙って見上げていたセフィロスは、クラウドとは対照的に迷いを見せぬきっぱりとした口調で、言った。
「来たのだな」
クラウドは頷いた。
「その意味をわかっているか」
今度も頷く。先程より強く、明確に。
クラウドの答えに、セフィロスの顔に恍惚としたイロが混じった。どことなく甘く、たかぶった眼差しはクラウドの全身を上から下までなぜるように移動して再度顔に戻り、やがてじんわりと潤む。隠し切れない歓喜に控えめに震える両手が持ち上がり、クラウドに向けられた。

これは暗い淀み切った身勝手な誘いだ 、とセフィロスは思った。一度は諭し、自ら背を押して解放してやった男に、今また自分は手を伸ばしている。
しかし、男は、自分から戻ってきた――――
体にダメージを負った時には漣程度の影響しか受けなかった心がこんなにもざわめき動揺し色付いている。感情の高ぶりに浅ましくも胸がうち震える。

「ごめん。あんたにでも、やっぱり止められなかった…」
クラウドは自分の為に開け広げられた腕の中に体を滑り込ませ、強引にセフィロスの頭をひき寄せた。
「どっちにしろ遅すぎたんだよ・・・」
所々血糊のこびりついた髪を掴み取り、肩に顎を乗せると、セフィロスの唇がちょうどクラウドの耳元に触れた。残酷なほど強く抱きしめたために、セフィロスの塞がりかけていた下半身の傷口から音を立てて粘液が噴き出した。衝撃に驚いたかのようにそれぞれの触手がぴくぴくと跳ね、うねる。同時にセフィロスの唇から吐息が漏れ、クラウドの耳を至近距離から犯し熱くした。
確かに腕の中に在る存在に、クラウドは心に余裕を、平穏を感じた。二人の下肢の一本一本が手を握るように先端だけで浅く絡み合う。
一方セフィロスは内心穏やかとは言い難かった。クラウドに触れた途端、浅ましい支配欲も、後悔も、遠慮も、全てが萎んでいって、後には前触れもなく頬が紅潮する時のぶざまなほどの焦りと羞恥が生まれ、まるで初な子供のように、先程とは質の違う甘い痛みが胸に去来する。傷口から生まれる鈍い、虚脱感を催す痛みとも勿論違う。

「…………わかっていた…」

喉から搾り出された囁きに、クラウドの視界が一瞬真っ赤に燃えた。堪らず、傷に障ることがわかっていても更に腕に力を込めずにはいられなかった。
しかしセフィロスはクラウドを押し返し、もう一度視線を合わせてきた。冴えざえとした眼差しを向けてられても、もうクラウドにも臆する気持ちはない。
お互いの顔が見える距離まで離れると、なんだがもう一度手を伸ばすのが躊躇われた。
「触れないのか?」
吐息を零すように、セフィロスが言った。
もはや遠慮する必要はなかった。クラウドは誘いを掛けるように緩く開らかれたセフィロスの血の気の引いた口唇に自分のそれを近付ける。唇よりも先に、伸ばした舌が触れた。お互いがお互いを必死に求めすぎた口付けは逆に上手くいかなくて、前歯が当たり口端から唾液が零れる。業を煮やしたクラウドが腰を降ろしているセフィロスにのしかかって舌ごと唇にかじりついた。
「んッ‥‥‥」
小さく呻き、セフィロスが喉を上下させて、二人分の唾液を飲み込もうとする。顎を伝い肌を汚している雫は、赤黒かった。血が混じっているわけではなく、異型のクラウドの唾液は元々の色がそうなのだ。外気に触れるとたちまち変色するのだという。セフィロスはクラウドから齎されるそれに恍惚としてしまう。時折離れる二人の間で赤い唾液が糸を引き唇をテカらせているその様は、お互いの口の中を食い散らかしているように見えた。
クラウドの植物の茎の如く細長い何十本という触手がざわざわとセフィロスの下肢に這い上っていく。それらは思いの外繊細な動きが出来るようで、今だ体液を噴き出している傷口の上を、それぞれが己の纏う粘液で濡らしながら一つ一つなぞり、時に突き、時に覆った。セフィロスの触手も負けじとクラウドに絡み付く。粘着質な音が上から下から漏れ聞こえた。

異型の獣達に触発されたように、森全体がざわめき立っていた。












「ああぁぁぁッ!!!」
芋虫のような下半身が宙で跳ね上がる。
切れ味の悪い刃物で裂かれたようないびつな傷痕から、もったりとした中身が覗いている。熟しすぎた果物の果肉が溢れ出した様に。地面に勢いよく倒れ込んだ美貌の少女は、敵に背を向けて両腕の肘から下を地面にこすりつけ息も切れ切れ前へ進んだ。

(繭に‥‥早く繭に‥‥後少し‥‥‥‥!)


蝶に‥‥‥‥‥‥‥‥!


何ものにも侵されざる輝きを宿した瞳を、少女は天に向かって真っ直ぐ向ける。
彼女の視線は、淀んだ空気を突き抜けてしっかりと空の青を捉えていた―――――








end.

















という夢を二ヶ月近く前に見ました
・・・・ってそれだけです・・・・たしかこんなんだったと思う・・・・お付き合いありがとうございましたああ
実際にはクラウドが現れてから二人がちゅーするまでと、エアリスのシーンを見ただけなので、経緯とか心情とかは勝手に想像・・・・どういう状況だったのか本当のところを知りたいです。私が。
あと、「ザックスはどこ行ったの?」っていうのも、私が聞きたいです。・・・・夢の中ではそのまま傍に居たような気も・・・セフィロスとクラウド、ひどいな。

ところで、足の位置に生えてても『触手』って言うんでしょうか。わかんないから、まぁいいか。