[ Not a little ]
いい加減、息子のことも考えなさい。
そう宝条がガストに言われたのは、研究室で一人ビスケットの間食を摂っている時だった。
「熱中してしまう気持ちは解かりますけどね、そろそろ身体を壊しますよ。三度の食事に、適度な睡眠。息抜きによって頭をリセットさせれることは、良い研究結果を導いてくれます」
ここのとこ篭り切りでしょうあなた、と困ったように眉を寄せるガストから、宝条はバツが悪そうに背中を向ける。
「必要な栄養と睡眠は摂っていますよ」
あくまでサンプルの入ったポットから離れない宝条に、ガストは深い溜め息を吐く。
「・・・あなただけの問題ではないんですよ。宝条くん、最近セフィロスに会いましたか?」
「セフィロス?」
唐突に息子の名前を出されて、宝条が訝しげに振り返る。宝条の視線を受けて、ガストは穏和な瞳を一層和らげて微笑んだ。
「そうです。四六時中ここに篭って、息子の顔も見ていないんじゃないですか」
「・・・何故ガスト博士がセフィロスの心配までするんですか」
宝条の低い声に、ガストは飄々と笑う。
「なにを言ってるんですか。出産に立ち会ったのですよ。セフィロスは私にとっても息子のように可愛い」
ふいに、ガストがその表情を曇らせる。
「私は、あなたとセフィロスの身体が心配なんです」
「?」
「あの子、あなたと同じような食事しかとっていませんよ」
思わぬ発言に、宝条は一瞬目を見開いた。
宝条がいない時、セフィロスは護衛兼家庭教師と化したヴィンセントに遊んでもらっているはずだ。
「食卓にあなたのいない日が続いて、すっかり食欲をなくしたみたいです」
「・・・・・これまでにも、あったことなのに」
「そうですね。これまでもあなたが研究室に篭るたび、セフィロスはずっとそんな感じでしたよ」
初めて知った事実に、宝条は唖然として立ち尽くした。あの子供がそんな行動に出るとは。優秀な研究員である宝条にもまったく予期できなかったことだ。
黙ったままの宝条に、ガストは再度笑顔を作って扉を指し示す。
「夕食は居間に用意させましょう。久しぶりに三人で食事を摂りなさい」
わかりましたね?と教え子を諭す教師のような口ぶりで言われて、宝条は反射的に大きく頷いた。
「お、パパが来たぞ!」
床に寝そべり、つまらなそうに大人も首を捻りそうなパズルを弄っているセフィロスの隣りに膝をついていたヴィンセントは、忍ぶように部屋へ入って来た宝条を見とめて、助かったとばかりに整った顔を綻ばせた。
「・・・・・・・『けんきゅう』、終わったの?」
間を置いて顔を上げたセフィロスが、顔色を変えずに宝条に問い掛ける。指先で執拗に眼鏡を押し上げながら、宝条は縋る様に自分を見るヴィンセントに一瞥くれて、情けない顔だと心の中で漏らして息子に向き直った。
「いや。まだ暫く掛かる」
そう、と片肘をついて再びパズルに取り掛かるセフィロスを見て、ヴィンセントが宝条を睨みつける。
「・・・・それじゃあセフィロス、私たちはそろそろ夕食にしようか。なにが食べたい?」
「いらない」
気を取り直して明るい声を掛けたヴィンセントに、セフィロスは顔も上げずに短く返す。
「手を洗ってきなさい」
沈黙していた宝条が、セフィロスに言葉を掛けた。宝条はほんの僅か口端を上げ、二人に近づく。
「今日は私もこちらで食べるよ」
セフィロスは反射的に大きな瞳を更に大きく見開いて身体を起こす。
そのままキッチンに飛び出して行ってしまったセフィロスに、ヴィンセントと宝条は同時に小さな溜め息を吐き、銀の軌道を追った。
三人で囲んだ食卓で、宝条はパンをスープに浸し黙々と口に運ぶセフィロスに、明日の朝食は味噌汁と白米だと告げた。
味噌ってなんだ?と首をかしげるヴィンセントに、セフィロスが若干呆れたような、しかし喜色の滲んだ声で言う。
「畑の牛肉だよ」
「・・・・少し違うぞセフィロス」
尚更首をかたむけるヴィンセントとセフィロスに味噌作りの工程を説明してやる宝条。
「・・・・今は家族水入らずにしてあげましょうか」
部屋の外で様子を伺っていたガストは、楽しそうに微笑んで、そっと扉から離れた。
「一緒に育っていきなさい」
そう言ったガストの顔は、三人目の父親のそれだった。
end.