[良心とお節介]
「どうすれば英雄になれんのかなぁ」
戦闘服を脱ぎ身軽ななりでコーヒーを煎れていたセフィロスは、唐突に言われてしばし動作を停止する。
「・・・そういえば、おまえは英雄になりたいと言っていたな」
「うん。戦功上げて、有名になって・・・神羅入った頃はさ、そう思ってたんだけど」
「今は違うのか?」
湯気の立つカップを手渡す。ザックスは軽く礼を言って、音を立てて中身を啜った。内から暖められる感覚に任務後の疲労した身体が癒される。
「んー、なんかさ。本物の英雄さんとこうしてると、よくわかんなくなるのよ」
英雄ってどうやってなるんだろ?と再度問われて、セフィロスが困ったような顔をする。
「そうだな・・・。お前が今言ったように、実戦で功を上げればそのうち嫌でも祭り上げられると思うが」
正確に言えば、俺を越えるだけのな。
ザックスの隣に座ってそう続けたセフィロスの瞳は、カップに落とされたまま常のように淡々としている。
越えてみせろという挑戦的な響きも無く、どうせ無理だと突き放すような響きも持っていなかった。
「まあ神羅が言うには、ある程度見栄えのする容姿とメディアの協力は欠かせない、らしいが」
「・・・うわー・・・どゆ意味よソレ」
ザックスが嘆いて見せて、セフィロスの薄っすらと歪められた口唇を眺める。
「要は沢山斬ればいいだけだ。ただ、人を殺すことと殺し続けることには、大きな差異がある」
「英雄ってのは後者が出来る人間ってこと?」
「他人からすれば。俺は現に英雄と呼ばれているわけだが・・・」
そこで一口、コーヒーを啜る。
結局ここでいわれる『英雄』とは、社のシンボルでしかなく実体は必要ない。味方を奮い立たせ、敵を圧倒する推進力になる存在。現にセフィロスの姿や戦う様をその目で見たことがない者は沢山いるし、それでも彼らはその存在を疑わない。
そんなようなことをセフィロスは言った。
「・・・でもセフィロスは、ちゃんと居るしほんとに強いだろ」
「まあな。そして、俺を実際に見た者は悪魔だのなんだのと騒ぐ。ただの人殺しだと言う者もいる。
神羅は少しやり方を誤ったかもしれないな。英雄という存在が確立すれば用済みだったはずの、敵に回れば厄介な俺を未だに生かしている」
「セフィロス・・・」
ザックスが、溜め息と共に名を呼んで続きを制した。
彼には、本気でなくてもそんなことは言って欲しくない。
セフィロスは目を眇めてザックスを見た。
「あのさ、セフィロス。やっぱオレ、英雄じゃなくて英雄ギリギリのソルジャーになりたい。そういうの全部おまえに任せちゃいたくないし、遠くから見てるだけじゃやだからさ」
にっと笑ってザックスが言う。
「それに、ただの人殺しなんかじゃないよ。おまえは」
笑いかけられて、セフィロスは胸のざわつきを覚えた。少し俯いて考えるように瞬きを繰り返す。
「線引きが曖昧なだけだ。逆の立場の、前科の無い人間がどうして人を殺さないのですかと訊ねられて、
法律で決まっているからだと答えるようなものだ」
早口のそれは、照れ隠しのようなものだったが、さすがのザックスもその分かりにくすぎるセフィロスの意思表示には気付けなかった。
「そんな質問すること自体、ちょっとどうかと思うけど」
「・・・・・・」
「それに確かにその通りだけど、なんかおかしいし・・・?」
セフィロスは眉を寄せて考え込むザックスを残して立ち上がり、棚からワインとグラスを取り出して、注ぎ分けた片方を彼に渡した。
大好きな酒を珍しく彼のほうから差し出されて、ザックスはやや白んでしまっていた空気を蹴散らすように大げさによろこぶ。
「おっ。サンキュ!じゃー任務の成功を祝って!」
「・・・乾杯」
カチン、と音を立ててグラスを合わせる。
「酒を飲む前にグラスを打ち合わせるのは酒に宿っている悪魔をその音で追い払う儀式でもあるらしいな」
いざワインをあおろうとした直後、セフィロスがぼんやりと呟いた。
ザックスは長息した。それにはさすがに呆れが混じっていた。
清められたらしい酒は、飲み残されたコーヒーの横に放り出された。ザックスは思考がややこしくなる前に隣に座る朴念仁にのし掛かった。
髪を引っ張って抗議する彼の右腕を押さえつけながら、ある意味学習しない男だと心の中で呟いた。
end.