[ その走りゆく ]









部屋に一歩入った瞬間から、彼の気配に支配される。
薄闇の中、開いた扉に注意を払うこともなく窓辺で風に髪を揺らせているセフィロスの横顔を眺めながら、むらむらと心に汚泥が溜まっていくのが分かる。

この人はあの頃と全く変わらない。しなやかな体躯に流れるような銀髪。淡く輝く瞳や、薄くやや尖った唇も。
あんなことをした後も、五体満足で、こうしていられていることに腸が煮えくり返る。

死んでいるくせに。

わざと足音を響かせて窓辺に近寄る。セフィロスは横目で俺を捉えたが、その視線は真っ直ぐで平静。なんの焦りも怒りもない。
これが、自分を刺し貫いた相手に向ける視線か?
手を伸ばして彼の髪を根元から掴み取り強く引く。当然彼は顔を歪ませた。
訳がわからないというように訝しげな視線を向けてくる。が、依然としてその口は閉ざされたままだ。部屋には微風に嬲られたカーテンの翻る微かな音が時折するだけで、お互い言葉は発しなかった。
どうして何も言わない?依然として髪を掴まれたまま、窮屈そうな姿勢でセフィロスは俺を眺める。
「・・・・・なんなんだ?」
やっと掛けられた言葉に満足は出来なかった。自分は用があってこの部屋を訪れたはずなのに、彼の名を呼ぶことを想像するだけで不快な気持ちになる。矛盾している。
お前から呼べ、と声無く睨み付けた視線で伝える。しかしそれは通じないのか、彼は再び口を閉ざした。
何も言わない相手に、クラウドは急に不安になる。掴んだ髪が手から零れ落ち、クラウドは入ってきた扉まで後退った。

無理矢理心を奮い立たせてでも彼に向けるこの感情が怒りなのだと思い込むことが出来るならどんなにか楽だったろう。
しかし現実には、目の前で自分を凝視する男は、やはりクラウドを怒りとは別の感情でもって震え上がらせるのだ。





窓枠から手を離して、セフィロスはクラウドに歩み寄った。
冷え切った床が素足に冷たくて、歩調を速めさせる。
間近まで迫っても固い表情を崩さないクラウドをやや見下ろし、かつての記憶より随分大人びた顔立ちになったのだと、改めて気付いた。あの時分、多くの場合緩く伏せられていた瞳は今は真っ直ぐ自分の視線を受け止め、寧ろ強く見つめ返す程だ。
薄暗い室内で、しかしセフィロスは彼の眩しさに目を細めた。

彼を強くならざるを得なくした原因の多くは自分にあるのだろう。

まるで映画のスクリーンに映された他人の物語を眺めるようになぞってきた己の過去が、一斉に迫ってくるようだった。
知らない誰かが勝手にやってきたことだとでも思っていたのか。
あれだけのことをしておいて。
クラウドの言った言葉が、今になってやっと分かったような気がした。
セフィロスは今更、今クラウドはどうして自分と共にここに居るのだろうと思った。クラウドは自分より余程、セフィロスという存在が犯してきたことの重大さを知っていたのに。
全てが終わったと思われたあの後、再び自分を引っ張り起こしてまで、どうして。





ふと、月が陰った。
元々薄暗かった室内はより闇を濃くし視界を悪くした。
黙り込む二人の気配は変わらないのに、暗闇のせいで部屋が狭まったような閉塞感が訪れた。

手を伸ばせは届く距離に居るのに、そうしない理由はないだろう。動いたのは二人同時だった。

抱きしめた体は、頼りないというほどではないがそれでも記憶より幾分薄かった。英雄として見上げていた頃から現在までの時の経過を思い知らされる。

神羅にいた時も、その後リーダーとして仲間達を率いていたときも、クラウドはやはり守られていた。
温かく支えられ、背中を押してもらってきた。だからこそ今の自分があるのだと、彼らへの感謝は尽きない。
しかし。
守る者が、欲しかった。

逆にセフィロスは、記憶よりたくましい背中に腕を回し安著の息を吐いた。
何もかもを守ることも壊すことも出来る力を持ってたセフィロスは、クラウドとはきっと反対のものが欲しかった。

ぴたりと身体を合わせる。今ここにあるもの全てが、しっくりと部屋に落ち着いていた。二人が求めるものと、求められているものが同じだと。
全部終わったんだな、とクラウドはセフィロスを抱きしめたまま思った。
終わりの次は、始まりしかない。二度続けて終わることはない。目を閉じると同時に、押し出された涙が頬を滑り落ちた。













end.