きっとその日があんまり寒かったからだ。
目の前を歩くセフィロスは、部屋でしか外さない革の手袋をポケットに収めて、振り向いたと思ったら手を握ってきた。
直接触れた彼の手のひらは思いのほかあたたかくて、思わず握り返したら、
嬉しそうに、僅かに目を眇めて笑った。その大人びた微笑に、(「かっこいい。」)なんて素直に思ってしまう。
なんだか悔しくって、自分が出来る精一杯大人な笑顔を挑むように返してやったら、慌てて顔を背けられた。
腕の長さ分前を歩く彼の真っ直ぐな背筋に今度は自然な笑みが零れる。
(「「かっこいい・・・・・・・・」」)
顔が赤いのは、寒さのせい。
[ 喪失の:CS ]
ある日単身任務に向かったセフィロスが、帰ってきたら約一年間の記憶がなくなっていた。一年といえばちょうど俺が神羅兵に志願してきた時期だろう。冗談みたいなホントの話だ。
セフィロスが俺を忘れても、また思い出すまでずっと傍に付き添っていたかった。
でも神羅の英雄の名はそれを許すわけがなかった。一般兵一人忘れられたところで連中にはなんの問題も無かった。空白の一年間で変わった戦況や改良された武器等戦闘に必要なことをもう一度覚えなおさせ、念の為とソルジャー1stを三人つけて戦地に派遣し、支障がないことを確認すると通常任務に当たらせた。それで終わりだ。
俺が一番ショックだったのは、セフィロス本人が全く不自由していなかったことだった。神羅の指示に諾々と従い、すぐに元の調子を取り戻した。失くした記憶を取り戻す様子は全くないとのことだ。俺はそれを人づてに聞き知った。俺自身は話をするどころかたったの一度も会うことすら出来なかった。
こうしてみると、俺とセフィロスが自然に出くわしたり話をしたりしていた以前の日常は、全てセフィロスにその意思があったからこそ実現しえた日常だったことがわかる。俺たちに世間的な接点なんて無いも同然だった。
それでも俺は諦められなくて、暫く悶々と一人悩む日が続いた。ここで離れていくのはセフィロスを裏切ることだとも思った。記憶がなくなったことなんてどうでもいい、もう一度やり直せばいいのだから、と俺はセフィロスに言ってやりたかった。そしていつものように抱きしめてやりたかった。実際、人がいない時を見計らってセフィロスの執務室の前まで行って、扉越しに叫ぼうとした。でも結局、出来なかった。
その言葉には自信はあった。ただ、そうまでして関係を続ける手間を惜しんだんだと思う。勇気も無かった。本当に俺はセフィロスのことが好きなのか、正直分からなくなっていた。あっさり忘れやがって、正直一発殴ってやりたいくらい腹も立てていた。自分の立場を考えると絶対に出てこない台詞のはずなのに、俺は確かにその時、セフィロスのくせに生意気だ、と思った。
一週間か二週間かして、社内の廊下で、俺たちはばったりと出くわした。お互い一人で、辺りには誰もいなかった。そのまま通り過ぎられるだろうと思っていたが、予想に反してセフィロスは俺の前で立ち止まって、声を掛けてきた。俺が上司に対するマニュアル通りの挨拶を返すと、セフィロスは英雄の名に相応しくない控えめな口調で言った。
「オレとおまえは親しかったと聞いたんだが」
「・・・・・・・・」
「調べてみたが、おまえはソルジャーではないな?同行した任務も、一度もないようだった」
俺は黙ったまま俯いていた。元より真正面を向いてもセフィロスと視線が合うことはない。
「それでも、親しかったと・・・・・・・何故あの後、会いに来なかった?」
俺は、いつだったか、セフィロスと手を握り合って歩いた、あの冬の日を思い出した。
足早に歩き去った俺を、セフィロスが追ってくることは無かった。
あれから数ヶ月、俺はまだソルジャーにはなれていない。
俺の中にあったセフィロスへの怒りとか、自分の不甲斐無さへの苛立ちとかは、時間と共に薄くなって、それと同時にセフィロスと過ごした思い出も薄らいでいっていた。
困ったことが一つ、失って改めてというか、あの頃より一層セフィロスへの気持ちは大きく、かけがえのないものに思えるようになっていた。取り返しがつかない分、あることないこと美化されて、俺もあいつみたく頭のどっかがおかしくなったんじゃないか。でも未練があるのかと聞かれれば、よくわからない。それらは完全に過去の思い出だった。だからこそ大切に出来た。
最近、セフィロスがあの頃のことを思い出したと社内では専らの噂になっている。なんでも忘れているはずの任務で起こった小さなアクシデントを教えていないのに自分から喋ったそうだ。
結局、記憶を失ったセフィロスの気持ちは一度も聞いていないし、俺も言っていないなと今更思った。それも完全に過去の出来事だった。