[ 喪失の:ZS ]
ある日単身任務に向かったセフィロスが、帰ってきたら俺のことだけ忘れてた。冗談みたいなホントの話だ。
検査の結果頭を強く打った等の外傷はなく、欠けているのは俺のことのみ。戦い方を忘れたわけでもあるまいし、と神羅は早々にこの問題を投げやがった。そして、記憶を失くしたセフィロス本人も、何の不自由もないようだった。
「セフィロス!」
呼ぶと振り向く。廊下の端と端とはいえ、大声を張り上げたのだから当然だろう。
でもオレには、以前のようにちょっと首を傾げて、無表情で振り向くその姿にいつだって記憶を取り戻したか、はたまた自分があの時に戻ってしまったかと錯覚してしまうのだ。
「どこ行くの?」
走り寄って訊くと、手にしていた紙の束を振って「報告書の提出だ」と簡潔に答えた。答える前に一言二言小言を言ってこないのにはまだまだ慣れない。
「オレも行く」
好きにしろ、とセフィロスは先に歩き出す。隣りに並んで今日会ったことをアレコレ話していると、意外にも一つ一つにコメントを返してくるとこなんかは昔のままだ。やはり性格は変わってない。オレに対する態度も、以前とほとんど違うところはない。
不思議だと思う。普通、相手にどう接するかとかは、それまでの積み重ねとかで段々パターンが決まってくるものだと思う。こいつにはこういう反応はしちゃダメ、とか、あいつには冗談は通じない、とか。
それを考えると、俺とセフィロスの間には、なんにもなかったんじゃないかとか思ってしまう。これは結構寂しい。これまで俺はセフィロスとそれなりに心の交流をしてきたと思っている。なのにセフィロスは、何年一緒にいようがそんなの関係ないんだろうか。
でもセフィロスの、俺への態度と他の奴への態度は明らかに違うのだ。俺には、なんていうか自分でいうのもあれだけど優しい感じがする。やわらかいっていうか。でも思い出せないのにこの態度って全然喜べないと思う。・・・・・・だからって、おまえなんか知らないって突き放されるのも絶対嫌だけど。
無人のデスクに書類を積み重ねて、セフィロスは本日の仕事を終えたようだった。いつまで着いて来るんだ?と傍から見ればあんまりな台詞を他意はなさそうにフツーに言ってくる。
「飯、行く?」
「いや、今日はもう休もうかと思っている」
「じゃあ俺がセフィロスんち行って作るよ」
「ああ」
なんの違和感もなく応じられて、こちらの方が戸惑ってしまう。おまえにとって俺ってめちゃくちゃ付き合いの浅い人間じゃないのかよ。
でもここで文句を言えば嫌なら来るなと突っぱねられることは経験上分かっているので、同じく当たり前のような顔をしておく。
セフィロスんちの冷蔵庫を開けて、碌な物がないことに遅ればせながら気付いた。そういえばセフィロスが件の任務に行く前に腐らないようにって俺が片付けたんだった。やっぱ動揺してたのかも。
「ごめん、俺材料買ってくるわ」
「パスタとソースならあるが」
部屋に入るなりキッチンに向かった俺を尻目にリビングのソファで寛いでいた部屋の主が、顔だけこちらに向けて言う。冷凍ゥ?と不満の声を上げた俺に、溜め息一つ重い腰を上げキッチンに入ってくる。こういうところも変わってない。自分ちのクセに客の俺へのこの態度。まぁ、俺が夕飯作るって着いて来たんだから当たり前といえばそうなのかもしれないけどさ。
セフィロスは冷蔵庫を通り過ぎて、電子レンジ(いつだったか俺が持ち込んだ)のそばの籠から乾燥パスタとレトルトのパスタソースを2つ取り出した。
「珍しいなぁ。セフィロスもそういうの食うんだ」
「・・・・おまえが言ったんだろう。このシリーズはレトルトの味がしなくて美味いとかなんとか」
俺は思わずセフィロスに掴みかかっていた。レトルトのパックが床に落ちる。
「思い出したのか・・・!?」
喜色を湛えてそう叫ぶと、掴まれた肩が痛いのか眉を顰めたセフィロスが訝しげに俺を見た。
「思い出してない。会話が繋がっていないぞ」
「だって今俺が言ったって!」
「そう言われたことは忘れてないだけだ」
意味がわからん、という風に言われて、こっちこそ意味わかんねえと思う。ちょっと焦る。セフィロスが言ったように会話が繋がってない。
多分必死そうな顔をしていたんだろう、俺の様子に、セフィロスが捕捉し始めた。
「そういう台詞を、以前誰かから言われた。誰かは覚えていない。だからおまえだろう」
「はあ?じゃあ俺のことは覚えてないけど、俺としたことは覚えてて、俺の・・・んん??」
「大丈夫か?」
「大丈夫だよっおまえと違って!だいたいおまえ、なんでその思い出せない奴が全部俺のことだってわかんだよ?だたちょっと忘れてるだけかもしれないじゃん。俺のことは完璧に、名前から存在から忘れてるくせによ!」
思いつくままに怒鳴っていたら、俺はセフィロスが自分を忘れたことがかなりショックだったことに今更ながら気付いた。そのうち元に戻るとか大人ぶって(まぁ最初はそれなりに取り乱してた気もするけど)ずっと笑顔保ってた反動が今になって来たみたいだった。ずるずるとセフィロスを掴んでいた指が滑り落ちる。
ほとんど泣きそうになって俯いてしまった俺を見て、セフィロスは溜め息を吐いたようだった。呆れられたみたいに響いてビクついてしまう。
「・・・オレも最初はわからなかったが、すぐに気付いた。例えば・・・」
セフィロスが落としたパックを拾って籠に戻し、顎に指を当てて考える素振りをする。
「買い物に行った時の事。日時も店も買った物も覚えているが、一緒にいた誰かだけはどうしても思い出せない。任務先で的を衝いた作戦を提案した誰かのことも、仕事をサボった誰かを怒ったことも・・・・・・だが同じ人間だということは分かる。あんな相手は他にはいない。あんな気持ちにさせる相手は・・・・・・あれはおまえだろう?」
確認するように瞳を見据えられて、涙は引っ込んだけど、顔がものすごく熱くなったのが分かった。多分トマト並に赤くなってる。
「当たり前みたいに言ってくれるなよ・・・それって結構・・・すごい・・告白だぞ・・・・」
そう呟くと、セフィロスが瞳をほんの少し眇めて小さく笑った。俺はその瞬間、思い出せないのに『好き』ってすごいことだよな、と今までの意見をちゃっかり曲げてもう一度恋に落ちた。
end.
どんな健忘だ