[ 保護の先の、 ]
「ディオ………」
手を差し伸べ、頬に触れる。
指先を掠った金の髪の感触。掌を添わせた白い肌。間近にあるそれはジョナサンの心に、相手を友人としてしか見ていなかった時分は決して感じなかった劣情を呼び起こす。今思えば酷いことだと思うが、正直あの頃は彼の端正な容姿など精々鑑賞物程度としてしか評価していなかった。
あんなに近くにいたのに、まるで他人事のように。
それが想いを自覚しただけでこうも見方が変わるとは。全く不思議なものだ。
尤も、こんなにも彼が愛しい存在になったのは、そんな日々の積み重ねが自分でも意識していないところで着実に心の奥底に根差していっていたからだろうが。
ジョナサンは今手の中にいる存在に知らず頬をほころばせた。
それは傍からすれば見るものを引き付ける微笑みで。
元々がジョナサン命なディオにはとても至近距離で耐えられるレベルではなかった。
先程まで――ジョナサンがディオに触れるまで――青かった瞳が、じわわっと色が染み出すように赤みを帯びてゆく。その変化に驚いたジョナサンが僅かに身体を引いた瞬間、我に返ったディオは力の限りジョナサンを突き飛ばした。
「何を気安く触れているか!このディオに!」
「・・・・いったぁ〜・・・・幽霊でも痛みは感じるんだから手加減してよ、ディオ」
軽く数メートル吹っ飛んだジョナサンは打ち付けた頭を摩りながら言う。危害を加えたのは悪かったとはいえ己の質問に対して全く検討違いな言葉を返すジョナサンにディオはますます瞳を赤らめた。
ディオの瞳の色は本来青い。死後俗に言う幽霊のような存在になったディオは通常20歳程度のジョナサンに見合った当時の姿をしていたが、何故か興奮すると吸血鬼である証拠のように瞳が赤く変化する。
今も真っ赤な瞳をたぎらせて睨んでくるディオを見て、ジョナサンはこれは本気で怒ってるのかも……と判断した。
とりあえずこの場から一時退却する方がいいだろう。これ以上ディオに機嫌を損ねて欲しくはない。
「ごめんね。君の嫌がること、したいわけじゃないんだけど・・・・」
背中を向けたジョナサンに、ディオは反射的に伸ばしかけた腕をプライドで押さえ込みぐっと拳を握りしめていた。
「そりゃ〜お互い意識しすぎってことじゃないのォ〜?」
ディオと別れた後、ジョセフとシーザーの元へやってきたジョナサンに、事情を聞いた二人は心得ているとばかりに溜め息を吐いた。
明らかにしょげているのを座らせて肩を叩いて慰めてやっている子孫と祖先に、シーザーは目線を泳がせつつも二人の隣に腰を下ろした。
三人並んでぽつぽつと言葉を交わしているうちに、大分落ち着いてきたジョナサンは折り曲げた膝に埋めていた顔を上げ、やがて口を開いた。
「・・・・・・わかってるんだ」
「ん?」
「僕だって。以前のようにはねつけられても、それはディオなりの照れ隠しなんだって理解出来るようにはなったよ。同じことは繰り返さないさ。・・・・・・ディオは僕のことが好きだよ」
「・・・・・・・・・・・な〜んだ。ちゃんと自信持ってんじゃん」
「お二人はお互いに関してだけは妙に謙虚というか…じれったいところがありましたからね。もっと自信持っていいですよ」
傍から見れば、お互い想い合っていることは一目瞭然なのだが。シーザーはジョナサンの話から推測する二人の少年時代を思って、この人相手じゃディオは苦労したのだろうな・・・と思わず彼がしてきた悪行を忘れて同情めいた気持ちになってしまう。
「・・・・ともかく、今は勘違いじゃないことがわかったんですから、もっと」
「バンバン押してっちゃえばいいんよ!!」
言葉尻を盗られてむっとしたシーザーと、グッと親指を立ててウィンクするジョセフに、ジョナサンは苦笑を浮かべた。二人の言う通りかもしれない。自分は、なんだかんだ言って結局あの頃のように躊躇っていたのだ。
「・・・まったく、情けない男だな、僕は。・・・・・行ってくるよ」
「おう!頑張れよじっちゃん!」
すっくと立ち上がったジョナサンを後押しするように、ジョセフの声が高く響いた。
「・・・・・・・ったく、じれったいねぇあの二人は」
駆けて行くジョナサンの後姿が見えなくなった頃、ジョセフが呆れ混じりに呟くのに、シーザーが諭すように言う。
「だれもかれもがおまえみたいに直情型じゃあないんだよ」
「なにそれーッ。シーザーちゃんのイケズ!」
肩を怒らせて抗議の声を上げるジョセフから、シーザーは取り澄ました表情で顔を背ける。
ちらりと視線だけ戻して、ぽつりと言った。
「・・・・・・・・・・・まぁ、調子に乗るには、それだけの根拠があるってことか」
「ディオーーー!!!」
先程の場所に戻ってみると、ディオは変わらずそこにいた。
駆け寄ってきたジョナサンが、目前で息を整え終わるのを、ディオは腕を組み仁王立ちしたまま黙って待っている。
若干顰められた眉目は、不機嫌さの表れというよりはジョナサンの前では最早ディオのポーズのようなものだ。時折それが緩み、まるで少年のような笑みに変わるのも、ジョナサンに対してだけ許されたディオの一面で。
「あのね・・・・っ!ダメなことはダメって言って欲しいんだ!」
「・・・・・・は?」
予想からズレた第一声に、ディオは思わず間の抜けた声を上げる。
「えっと、だから、嫌だったら嫌って言って欲しいんだよ。それで、してもらって嬉しいことは嬉しいって言って欲しい!」
「な・・・ッ頭の中を全て曝け出せとでも言うのかおまえは!」
「なんでもかんでも言えってことじゃないよ!ただちょっとは言葉にして伝えてくれてもいいんじゃないかな。君の性格からいってそういうのもいい薬になると思うし」
真摯な声色に誤魔化されそうになるが、よく考えれば随分な言われようである。
「ディオは昔から曖昧な態度ばっかり取るんだもん」
「おれの性格にケチをつけるつもりか」
かといって身に覚えがなくもないディオも強くは出られなのか、反論の声は迫力に欠けた。しかし、一つ聞き捨てならないことがある。
「自分のことを棚に上げるとは正にこの事だな。曖昧な態度を取っていたのはおまえだろう、ジョジョ!」
今度はジョナサンが面食らう番だ。
「その場のノリで中途半端に踏み込んで、興味がなくなったら踵を返す。そんなことの繰り返しだった!それが貴様の紳士道とは呆れるわッ!」
死後再会してから、いや、生前一緒にいた時を含めてディオがこれほど自分に対して訴えかけてくるのを見るのは最後の戦いを除けば初めてのことだった。感情を露にするディオは殊更その容貌に凄みが増す。波打つ金の髪と同色の睫毛が細かく震えた。
「・・・・・・僕は君を傷つけたくないんだ」
「おまえはいつも逃げる。言いたいことだけ言って、勝手に勘違いして自分だけ納得する」
「ディオ・・・・・・」
「おれを誰だと思ってる!貴様のちっぽけな裁量で量れるようなおれではないわ!」
饒舌に捲くし立てたディオは、キリリと眦を吊り上げてジョナサンを睨みつけた。
「ああ・・・・あの頃と平行線だなぁ。…このままじゃ相談に乗ってくれたジョセフとシーザー君に申し訳ない・・・・」
「何故今その名が出てくる!おまえと話しているのはこのディオだぞォ!!」
途端肩を怒らすディオに、ジョナサンはくすりと笑って、ずいと一歩ディオに詰め寄った。
「な、なんだ」
今までの勢いを一気に萎ませてディオが吃った。
ジョナサンがにっこりと笑うと、ディオはすぐに余裕を失くすのだ。
「あのね、僕二人に言ったんだ。もう同じ過ちは繰り返さないって。いい加減いい歳だしね死んでるからアレだけど」
「(こいつ結構根に持つな・・・)」
「僕はディオが好きだよ。ディオも僕のこと、好きでしょう?」
両肩に腕を掛けて、柔らかく微笑みやや上から視線を合わせる。ピントが外れるほどの距離に、ディオは不自然なほど表情を消して動かなくなった。
これは嫌がってる反応じゃないな。
他人から見れば気付かない方がおかしいくらいだが、ジョナサンに関してはそれがわかるだけでもあの頃と比べて大きな進歩だ。
―――もっと自信を持って、ばんばん押していけ、か。
「それともディオは、自分の感情をきちんと把握出来ていないのかな?」
『僕と違って。』 わざとディオが怒りそうな言い方で続けると、案の定間も置かず言葉を返してきた。
「当たり前だぁ!そこらの愚鈍な俗人どもと一緒にするな!おれはちゃんとおまえを・・・・・・・・ハッ!」
にこぉ〜〜とジョナサンがめいっぱい口角を上げる。
しまった、と思っても後の祭りで、・・・・けれども否定することはしなかった。ディオもあの頃のディオでは決してない。
「ありがと、ディオ。僕はちゃんと君の事を、理解しようと思ってるんだ」
―――――今まで見逃してきて、ごめんね。
チュッと音を立てて唇を吸うと、ディオはツンと顔を背けて、当然だ馬鹿者、と居丈高に言い放った。
「そういえば、ジョセフとシーザー君に言われたんだ。僕たちって出会ってから100年以上経ってるのに、未だに側にいるだけでドキドキしちゃうなんてすごいって」
「・・・・・・・・なんだそれは」
「まあ二人の話しは半分はのろけみたいなんだけどさ、それ言われて、確かにそういうことあるかもなーなんて納得しちゃってさ。ちょっと反応に困ったよー」
ジョナサンが冗談めかして笑う。しかしディオはからかうでもなく、本気で馬鹿にするように鼻を鳴らした。
「フン。よく言う」
ツンと顎を反らしたディオに、カチンとくる。我ながら少々恥ずかしいことを言ったと自覚していたのに。ドキドキしてたのは自分だけか?と拗ねそうになった矢先。ディオが悔しげに口を開いた。
「貴様はどうせわかってなぞいないわ。・・・・・自分でも制御出来ない昂ぶりにどれだけ困惑させられるかを。認識したときには既にコントロールすることもままならない。まったく厄介なシロモノだ!このディオの、動きさえ封じる・・・・!」
眉を潜めそう吐き捨てたディオ。ポカン…と口を開けてディオの言葉を聞いていたジョナサンは、やがて、もぞもぞと横を向いた。髪の隙間から覗く耳を真っ赤にして、小さな声で呟いた。
「あの、さ。僕、やっぱり、理解した『つもり』になってただけだったのかもしれない」
「なッ・・この期に及んでまだ言うかジョジョォ!!」
「違うよ!その・・・・・僕が思ってたよりよっぽど、ディオは僕のこと想ってくれてるんだなぁって」
恥じらうように巨体を縮めて頬を赤らめるジョナサンに、ディオは一瞬開いた口が塞がらなくなった。体中の血が上に上に昇るのが自分でもわかる。
「あっまた目が赤くなった。・・・・そっか!ディオの目の色が変わるのは照れてる証拠だったんだね?」
途端ウキウキと笑顔になったジョナサンに、ディオの体がふるふると震える。
「赤くなるのは怒ってるからかと思ってたけど、それだけじゃないんだぁ。またディオのこと、一つ知れたよ!・・・・・ディオ?」
今度こそ明確に怒りによって赤くなった瞳を閉ざして、ディオはきっとこれからもずっと自分はこの男に振り回され続けるのかもな…と俯いた。
それは少しばかり不本意で、そしてとても温かい未来なのだと。隣で笑うジョナサンが告げているようだった。
end.
初っ端から嘘設定多すぎですいません。趣味です。パラレルなんでと言い訳
副題、みじかすぎた春。はい三島御仁の永すぎた春から・・・いったたたたた
さすがにアレかと他に考えたタイトルが「my dear」「守りたい人がいて」「その笑顔には敵わない」「ぼくの美しい人だから」 ・・・・・・・。謝れ!おかざきさんとかに謝れ!
でもジョナディオはシスプリRePureの岡崎律子さんの歌合ってると思う。本気で。
『どんないいこと 素敵な言葉も その笑顔には敵わない』 ・・・・・。
あ、でも『romantic connection』は最初から最後まで本気ジョナディオ。ザ・ワールドと100年の眠りからの目覚めを思わせる歌詞が入ってて(ry