[ エンディング ]









カランと入り口の鐘の音が鳴り、二人の客が入ってきた。

慇懃にお辞儀をして迎える店員に小さな笑みでもって応えたのは、連れより幾分背の低い、暗めのピンク色の髪の女性。ちらりと見ただけでも標準より大きいことがわかる胸がぴったりとしたセーターに押し込められていて、少しばかり窮屈そうだ。パニエで広がっているスカートは丈こそ短いが、その両足は濃い黒のタイツに覆われていて逆に慎ましやかに映る。
もう一人の女性は黒に近い紫色のツーピースに同色の長いショールを巻きつけているせいで、若干雰囲気が重いようにもとれる。しかし踝まであるマーメイドスカートから時折覗くヒールを履いた足は素足で、ちらつく色白の肌が露出部分は少ないというのに妙に色っぽい。

仲睦まじげに店の奥へと進んだ二人を見て、メインショーケースの内側で顔に仕事用の笑みを貼り付けていた店員は姉妹にしてはあまり似ていないな、と胸の内で感想を漏らした。
ショーケースの前まで来た二人は、この店に来るのは初めてのようだし年齢も若いが、明らかに冷やかしとは違う視線で商品を眺め始めて、店員は二人が上客であると確信し、形式的な笑顔を本物へと変えた。
「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」



くるくると表情を変えながらショーケースを眺める白雪を横目に、千影はおそらく責任者クラスだと思われる目の前の店員に声をかけた。
「記念日の贈り物をしたいんだ・・・・・彼女の希望を適えてやってくれないか」
「お力にならせていただきますわ。お客様、どういったものをお望みでしょうか?」
声を掛けられて我に返って顔を上げた白雪のはにかんだ表情に、千影は満足の笑みを浮かべた。今日は二人にとって特別な日。財布には今日の為に用意した決して少なくない金額の紙幣が入っているし、心に余裕も生まれるというものだ。
「白雪、さっきも言ったが、金額のことは気にしないで気に入った物を選んでいいんだよ」
店員に勧められる貴金属にわたわたと視線を巡らせる白雪に鷹揚に声を掛けてやる。
「千影ちゃんたら、姫なんだか後が怖いですの!」
くすくす笑う白雪は、恋人の欲目を差し引いてもとても可憐で。彼女の美しさを引き立てる物を選び出すのだと、知らず熱の篭ってしまった視線を向ければ、それを受け止めた店員は商売魂だけではないプロとして力ある視線を返したきた。お任せくださいとばかりに瞳に真剣さが宿る。
「昨日の夜いっぱい考えたんですけど、やっぱりネックレスがいいんですの。この間いつもしてたのの鎖が切れちゃって・・・」
二人の目配せに気付かない白雪は、商品を眺めながらマイペースに言った。
「あの花のかい・・・?いつの間に」
「出かけにちょっと軽食を作ろうと思ったら白熱しちゃって。その時流しに落としちゃったんですの」
「ああ・・・・・・・・あの遅刻してきた日か・・・・・・・・・」
「それではこちらなどいかがでしょう?」
絶妙のタイミングで割って入った店員の言葉に振り向く。数個のペンダントトップはどれもキラキラと輝いていた。
「全て上質の石を使っております。チェーンは数パターンから長さ・色・デザインが選べまして、すぐにお付けしますので今日お持ち帰りいただけますよ」
ハート型や四葉のクローバーを模った可愛らしいものから石をいくつか繋ぎ合わせただけのシンプルものまで種類は様々だ。
高価なそれを無造作に代わる代わる持ち上げて白雪はうーんと唸る。
「どれも自信をもっておすすめできる品質でございますけれど」
「んんん」
「・・・・気に入らないか?」
中でもとりわけてカラットの大きい物を手にとって眺めていた千影が訊ねるのを、白雪は首を振って答えた。
「どれもとってもかわいいと思いますの。・・・・・・でも、こう・・・ビビッとくるものがないというか・・」
「『ビビッ』と・・・・ね・・・・・・・」
「ネックレス以外のも見せてもらえます?」

その後も指輪や髪飾り、ブレスレットなどを見まくったが、白雪の表情は晴れがましくはならなかった。千影は次第に胸に不安を覚え始める。
咲耶や春歌たちに教えてもらった一押しのブランドだったから、白雪が気に入る品が見つかるのもそう難しいことではないだろうと思っていたのだが・・・・・・・。
「アクセサリーでなくても、こちらなど各種の石をあしらってありまして、日用品ですから人気も高いですよ」
とうとう腕時計まで出してきた店員に、それでも白雪は決して飽きてきたりすることはないらしく熱心に商品を覗き込む。相変わらずこれというものは見つからないらしいが、買い物自体は純粋に楽しんでいるようだ。
千影もいくつか見繕ってみたが、白雪は迷いながらも首を縦に振ることはしなかった。知っていたことだが、白雪は元々物に対しての、特によく使う物に対しての拘りをしっかり持っている。調理用具がそのいい例で、手に馴染むものが見つかるまで結構な時間をかけているらしい。折角のお金を掛けた贈り物に妥協されるのも嫌だが、これだけの量を見せられて気に入るものが一つもないとは。


店員がショーケースの鍵の開閉に手間取っていたその時、ふと顔を上げた白雪が「あっ」と声を上げた。

「あれ・・・・っ!」

白雪が指差した方向に店員と千影が揃って目を向ける。
そのまま入り口近くの壁際に設置された小さなコーナーに向かっていく白雪を追いかける。立ち止まった彼女はキラリと光る物を掌に納めて凝視していた。
「見つかったか・・・・・!?」
目を輝かせて見入る姿は明らかに『ビビッ』ときただろうもの。
千影は期待を込めて横から覗き込んで、しかし、思わずぱちくりと目をしばたかせてしまった。
「姫これがいいんですの!とっても綺麗!」
白雪が手に取ったのは、血の雫のような赤と濃い紫が中心に向かってグラデーションを描く球体が揺れているチョーカーだった。
確かに綺麗だ。一風変わっているところも評価できる。だが。
千影は値札を摘み上げて、思わず店員と顔を見合わせてしまった。
そこに並ぶのは、たった四桁の数字。
「そちらは若い方でも気軽に楽しめる用でして、石も本物ではなくガラスとなっておりまして…」
「これならネックレスと大して変わらないですよね!」
「勿論誠心込めてデザインし加工させていただいておりますが、記念品としてですとあまり選ばれないタイプかと…」
「それになんだか千影ちゃんみたい・・・・!そう思いませんっ?」
店員の説明に、白雪は聴く耳を持たない。千影は白雪と、白雪が離すものかと握り締めるチョーカーを交互に見て、やがて口を開いた。
「・・・・・・・・・本当にこれでいいのか・・・・・?目ぼしい物がないなら…オーダーメイドでも構わないんだよ・・・・?」
「とんでもない!こ・れ・が、いいんですの!」
キラキラと宝石のように目を輝かす恋人に、千影が逆らえるはずもなく、長時間付き合わせた店員に向かってそのチョーカーを差し出した。



「ありがとうございました」
店の売り上げにそれほど貢献できなかっただろうに、その割りに晴れ晴れとした表情の店員に見送られ、千影と白雪は再び街の喧騒に飲みこまれた。
昼頃家を出たはずなのに、辺りはすっかり暗くなり、照明や車のライトが先ほどまで見ていた宝石の輝きとダブって目に痛いくらいだ。
軽い足取りの白雪は早速包みを開けて買ったばかりのチョーカーを眺めている。嬉しそうな彼女に水を差すつもりはないが、それでも千影は口を挟まずには入られなかった。
「折角の記念日に、本当にそれでよかったのか・・・・?」
「もうっさっきから浮かない顔で!金額の問題じゃないでしょう?」
「それは私も同意するが・・・・・・」
元々千影もあまり桁外れに高いブランド物や現金に執着はない。しかし、奮発して贈り物をすると言われれば、それなりの物を選らぶのが普通なのではないか。お金持ちとはいえない自分たちには滅多に出来ない買い物だからこそ、記念という名にも相応しいのだと思う。
なにもガラス玉をチョイスしなくとも・・・・・・と、やはり思ってしまうのだ。
「フィーリングですの!愛ですの!」
「そりゃあ愛は溢れるほど込もっているが・・・」
千影が当たり前のように口にした言葉に、白雪は今日一番の笑顔を浮かべた。
「物の価値は他人には決められませんの。千影ちゃんが贈ってくれた物で、姫が気に入ったならそれに越したことはないんです!」
「・・・・そう・・だな・・・・」
白雪の顔を見れば、千影への遠慮から安価な物を選んだのでないことは明白で、千影は漸く頬を緩めた。
白雪の手からチョーカーを取り上げて、後ろに回って金具を止めてやる。白いうなじを再び髪で隠して前を向かせれば、確かにその輝きは驚くほど肌に映え、白雪を引き立てて見せていた。
「拗ねてしまったようで、すまなかった…。とてもよく似合っているよ」
「ありがとうですのv・・・・・・・・・・・・・・でも、ストップ。街中、ですのよ?」
顔を近づけてきた千影からすまし顔で顔を背けると、千影も周りの視線に気付いたのか大人しく身体を離して歩き出した。
少し遅れて白雪が後を追う。隣に並ぶと、赤い顔に気付かれてしまいそうで髪で隠した。そんなことをしても、千影には気づかれているのだろうけど。

「少し遅れたな。食事に行こう」
「はぁい!提案ですの!二駅離れてますけど、あそこのレストラン行きません?にいさまが行きたがってた」
「あの夜しか営業してない店かい?兄くん、まだ行ってないのか」
兄くんからそのレストランの話を聞いたのは…随分前のような気がする。切実そうだったからあの後すぐ食べに行ったと思っていた。
白雪は、むふん、と意味ありげに笑って、何故か声を潜めた。
「・・・それが、あそこちょっとお高いらしくて、13人分はちょっと飛んでもない値段になっちゃうと思うんですの。ですから、今日浮いたお金で・・・・・」
構いませんの?と上目遣いで問われて、元より断る気もなかった千影は即答で快諾した。
「それでね、コースの他に特製デザートセットを頼むんですの!味良し量多しで評判らしくって、1度参考までに食べておきたかったですの〜!」
料理のこととなると周りが見えなくなる白雪は、スキップし出しそうな勢いで歩調を速めるものだから、今度は千影が追いかけるようになってしまう。
「それも構わないけど、そんなに沢山食事の後に食べれるのかい・・・・?」
「あら千影ちゃん!」
くるりとスカートの裾を翻して振り返った白雪が、立ち止まってにっこり笑う。
「知っての通り、姫甘いものって得意じゃないですのよ?」
当たり前のようにそう言ってのける白雪に、愚痴を零したくもあったが、首元で揺れるチョーカーの輝きとそれを着けた恋人が眩しくって、結局千影が零したのは満足そうな笑みだけにとどまった。
グッグッと腰を捻って空腹を助長しようと努力している千影に、白雪が笑い声を上げた。









end.