[陽が沈むまで待って]
「綺麗!綺麗!綺麗ですの〜〜!!!」
「白雪・・・転ぶよ」
きょろきょろと忙しなく視線を巡らせる白雪を、千影が努めて冷静にいなす。
「だぁって姫、初めて来たんですものっ」
振り返った白雪の頬は興奮のためか寒さのためか、吐く息と正反対に紅い。千影は白雪に気付かれぬよう、こっそり口元を綻ばせた。
二人が居るのは、海を舞台にした有名な巨大テーマパークだ。
キラキラ光る赤と黄色と緑を基調としたイルミネーション。パークを覆う聴き慣れたメロディ。
11月も半ばだというのに、クリスマス気分を味わえる。
「・・・あまりはしゃぐから、目立ってる」
「ふふふ、だって」
白雪がぐっと千影に近づいて、身長差分上を向いて目線を合わし、
「ほんとに千影ちゃんと来れるなんて、思わなかったから」
午前中いっぱい使って説得してよかったと笑う。
「・・・別に、白雪と来るのが嫌だったわけじゃない」
「はいはい、人ごみが嫌なんですのね。わかってまーす」
くすくす笑う白雪に、千影が憮然として目を逸らす。
二人っきりで、こんなデートの定番と言われる場所に来るのが、少し恥ずかしかったから。それを伝えるのもまた恥ずかしく無駄な問答を繰り返してしまっていた為、結局こんな時間になってしまった。それは悪かったと思う、と千影は自省していた。行きたいと言えなかったのが、自分が素直にならなかったのが悪いのだと。
しかし、白雪の態度から、千影は自分の本心が知れていることがなんとなくわかった。それでも白雪は知らないふりをする上、謝りさえしてくる。
「強引に連れて来ちゃって、ごめんなさい。でも、一度でいいから2人で来たかったんですの・・・」
そうやって自分が言えないことをさらりと言ってくれる。独り善がりな望みでなかったことを知らされた、千影だけが安心できる。
「構わない・・よ、・・・・・俗世のことを体験しておくのも、悪くない」
常の口調で言ってしまってから、しまった、と後悔する。千影は、いくらなんでも素直じゃなさ過ぎるぞ、と自分をぶん殴りたい気分になった。
白雪は、心中であれこれ葛藤しているのであろう彼女を促して歩きながら、そっと吐息を漏らした。
想い人を目前にして、加えてカップルだらけのこの甘い雰囲気の中。比較的恋愛事において開き直っている自分だって、少し緊張気味なのだ。彼女の態度も仕方のないことだとは思う。
白雪が咲耶にこのテーマパークが一足早くクリスマスシーズンに入ったとを聞いたのは、一週間ほど前だった。
咲耶いわく、とってもロマンチックで、恋人と行ってみたい場所ナンバー1!。らしい。
そう目を輝かせて言われれば、曲がりなりにも『恋人』がいる白雪が行きたいと思ってしまうのは決して悪いことではないはずだ。
しかし、問題はその『恋人』だった。
二つ返事で了承してくれるはずはない。なんだかんだと理由をつけて断りつつも、こちらが強引に連れて行くとこを密かに期待している、厄介な相手。
その認識は見事的を得ていたのだが、千影の心を直接覗けるわけもない白雪には、そう思っていてほしいという手前勝手な願望でしかなかった。
千影は、本当に嫌がっているのかもしれない。自分に合わせて無理をしてくれているのかもしれない。そう考えた方が彼女の態度に辻褄が合うという杞憂が白雪の胸をよぎって、心が重くなる。
隣に並んで歩きつつ、黙ってしまった白雪を案じた千影は、思いきって彼女に手を伸ばした。
不意に手を握られてた白雪は、驚いて顔を上げた。前を向いたままの千影は、自分と同じく顔を真っ赤にしている。白雪は途端嬉しくなって、きつく手を握り返し体を寄せた。
「・・・夜のショー、6時20分からですって」
「ギリギリ間に合うな」
ぎこちなく、言葉を交わす。なんとなく恥ずかしくて、顔を合わせられない。
「ば、場所はですね、えっと、目の前?」
「海上ショーなのか」
白雪がチケット売り場で貰ってきていたパンフレットには、入り口からすぐのハーバーで夜のショーが行われると書いてあった。
道理で海を模した広い溜め池の周りに人が集まっているわけだ、と千影は納得する。
人垣を見渡す限り、自分より17cmも背の低い白雪にはショーは見れそうになかった。
繋いだ手を引っ張って、千影が言う。
「もう少し先まで行ってみよう」
「あ、はいっ」
千影はおもむろに精神を集中させた。繋いだ手の温かさに心を乱されつつも、少しずつ神経を研ぎ澄ましてゆく。
――――風の流れ・・・・半円形に留められている。向こう側は・・・・建物・・・階段を登れと?
「白雪、あっちだ」
風の精霊の言葉を聴いた千影が、確かな足取りで先導する。
そんな千影の突然の行動に、白雪はある戸惑いを覚えた。
千影が案内したのは、ハーバーを後ろから臨める、ヨーロピアンな古城の中でも一等高い塔だった。
入り組んだ細い階段を登らなければならないせいか、ショー開始直前だというのに人の姿は見当たらない。それ以前に、とても大勢の人間は入れない狭い造りになっていて、窓も人二人が顔を寄せて覗けるくらいの幅しかなかった。
着いてすぐ、夜空に花火が弾けた。幻想的な音楽も流れ出し、二人は慌てて窓を覗く。
次々と繰り出される凝った演出に、二人ともひとまず黙ってショーに集中した。
一際大きな花火が上がって、少しずつ辺りが静かになっていった。スピーカーからショーの終わりを告げる放送が流れ、やっと我に帰る。
それから暫く無言でいたが、最初に白雪が小さく呟いた。
「千影ちゃん、誰かと来たこと、あるんですの?」
戸惑いを含んだ問いに、千影は納得したようにそうか、と苦笑した。
「ここは、風が教えてくれたんだ。・・・初めて来たよ」
ああ・・・・と胸を撫で下ろした白雪に、
「当たり前じゃないか。私が・・・」
白雪以外の人と来るなんて、と、恥ずかしさに語尾を萎めながら呟く。
「こここんな場所だからって、私からこういうことを言ったらおかしいか!!」
どうやら限界らしい。顔が彼女の髪の毛のように赤く、今だ繋いだままの手は急速に熱くなっていく。
「全然おかしくなんて・・嬉しいです!姫、誘ってよかった・・・」
涙を滲ませて笑い転げながら、ぎゅっと千影に抱きついた。
「また来たいです」
ね?と顔を上げた白雪に、千影は堪らず覆い被さった。細い腰を抱き寄せて、出来るだけ優しく口づける。
唇を離すと、白雪が大きな瞳を更に見開いて、茫然と見返してきていた。
「まあ・・まあまあまあ」
「・・・まだ今日だって終わっていないじゃないか」
「え?ええ、そうですのね。で、でも、また・・」
「うん、また来よう」
優しく微笑みかけて、約束する。白雪も安心したようで、にっこり笑った。突然の千影からのアピールに混乱した思考も戻ってきたようだ。
「さっきの、すごかったですのね!クリスマスのショーは8時過ぎからだから、それまでいっぱい遊ぶですの!」
「ああ」
千影は足取り軽く階段を降りる白雪に、はっとして駆け寄り、腕を取った。白雪が驚いて振り返る。
「・・・嫌かな?」
「ううん、まさか!今日は、いっぱい恋人同士するですのっ」
たまにはこの浮ついた気分を満喫するのもいいだろう、と千影は思った。
腕を組んで歩きながら、2人で笑いあった。今日は特別な夜だから。
ごめんなさい