[欲しい、もの]









「何処に居たのですか」

訊ねた少女は、自分よりもやや幼い面構えで、これ以上ないほど自然にふんわりと笑っていた。
顔の左右に垂らした髪は水色。風も無いのに優しく揺れる。とてもきれいな髪だと思う。
雲ひとつ無い空の色。
でも姫は、そんな空はべつにすきでもなんでもない。
夕暮れ時の、まだらに染まる空は好き。誰かが捏ねくり回した出来損ないの芸術品みたいな雲は好き。
まっさらな空は、べつにすきでもなんでもない。
平坦で、近いのか遠いのかわからぬようなつまらない空は、きらいというより恐ろしい。
みんなが褒めるその髪を、冷めた眼で見つめる自分に、彼女はなおも穏やかに笑う。
ふいに視界に入ったピンク色の髪は、自分のものだ。桜色とかじゃなくて、ちょっとくすんだような濃いピンク。
ピンクの服も、ピンクの花も、ピンクのりぼんも好きだけれど、この色はべつにすきとは思わない。

「にいや達が探してたの。戻りましょう」

そう言って差し出しだされ手。細い指には淡い色合いの爪がきちんと磨かれ乗っている。
これは割りあいすきな色だったから、手を伸ばして掴み取る。
引き寄せられて、僅かに甘いにおいがした。これはバターの匂い。小麦粉と卵と砂糖を混ぜて焼き上げた、甘い菓子の匂い。
それにまじる香ばしいようなかおりはきっと、焼く前に一度炒ったものではなかろうか。

「アーモンド」

思わず零した推察に、彼女は一瞬驚いた顔をして、それからまた、笑った。

「そう。白雪ちゃんが、持ってきてくれたお菓子に入っていたでしょ?」

憶えてる?

言い聞かせるように、ゆっくりと言葉を紡ぐ。こっくり頷くと、笑みが深くなった。

「さあ、もう戻りましょう。一人じゃ部屋まで帰りつけないでしょう」
「そうだったですの?」

首をかしげる。此処までの道順を頭の中で反芻すると、思いつくのは壁紙のクリーム色や青い花瓶に生けられた真夏の太陽みたく黄色い花。それからドアの前を通るたびに変わった匂い。あとは耳元を通り過ぎた虫の不快な羽音だけ。

「・・・・うるさい」

思い出したせいで、音が再び頭の中で鳴り出して、いやいやするように手を振り回す。隣で肩を支えてくる少女の手に当たって、少し痛かった。
手を引っ込めた彼女は、悲しそうに笑顔を崩してごめんと一言。謝罪の意味がわからなくって、とりあえず無視した。
曇った表情のまま、彼女はフリルだらけのドレスの合い間に手を突っ込んで、取り出した小さな包み紙を姫に差し出した。

「姫の好きな味・・・」

同じく小さなてのひらには茶色の飴がのっていて、それがココア味だとわかる。
口に出して、違和感。姫は、姫というからにはどこかのおひめさまなのだろうか。

「あなたは王子様?」
「・・・・・いいえ、王子様は部屋にいるの。亞里亞は王子様じゃない。そうだったでしょ?」

そうだったかもしれない。ともかく飴を受け取って、促されるまま歩き出した。

ふいに目の前の少女の輪郭がはっきりしてくる。目が覚めるみたいに、周りの色が濃くなった。

「あなた、亞里亞ちゃんでしょう?」

振り返った亞里亞ちゃんは、知ってたの?と口端を歪めて、尚更強く手を引いた。














12人。みんなが欲しかったもの、全部渡るんでしょうか。