あなたは既に終わってしまった前世より、これから自分で変えていく未来の方を軽んじた。




[変えられない過去について]





詳細の大半が被害者・海神航の日記から明らかになったその事件は、私たちに大きなショックを与えるものであった。
まず、加害者であり被害者とも呼べる少女、海神白雪は、とても特異な環境の元で育ってきた。
彼女はなんと11人の姉妹と1人の兄を持っていたのである。
父親は海外を飛び回り、母親はそれぞれに違っていた。
12人の少女たちは各々個性的且つ魅力的な女性だ。彼女達の同級生の話を聞くに、相当のブラザーコンプレックスでもあるという。それは本人達も認めるところだったそうだ。
兄・航を慕う半面、他の姉妹とも反目し合うことなく仲良くやっていたらしい。

白雪に関して言うと、彼女は幼い頃から料理が好きで、お菓子作りの才能にも長けていた。
それは概ね兄を元気付ける為であった。基本から独自のレシピまで、大人顔負けの腕前だったという。
彼女は毎日、違う学校に通う兄の元へ足繁く弁当を届けに行っていた。
家事が上手く成績もそこそこの、可憐な容姿を持つその少女を、一体何があんな道へと招き寄せてしまったのかは今となっては知ることは出来ない。
彼女はいつからか、その弁当に依存性の有る麻薬を加えるようになっていた。
兄が何も気付かず食べ続けたことから、徐々に徐々に薬は増やされていったと思われる。
何週間、或いは何ヶ月も麻薬を服用し続けることとなった兄は、確実に麻薬中毒となっていった。
多くの中毒患者がそうであるように、彼は日に一度微量摂取するだけではとても足りなくなった。
彼は他の妹と会う時間を削り休日も白雪の家へ通い、彼女の家に泊まりこむことも珍しくなかったという。

そんな状態になった時、11人の妹たちは意外にも二人を言及するようなことはしなかったそうだ。
ただその頃、後に二人の遺体の第一発見者となる、妹の一人の海神千影は、食料の買出しに行く白雪と会って話をしている。
千影は所謂オカルト的な趣味を持つ少女だ。
我々には理解し得ない領域に居るような、なんとも不可思議な雰囲気をもっているが、今回の事件には流石に動揺を隠せないでいる。
そのときの会話の内容を彼女から聞き出す事は出来なかったが、どうも彼女は白雪の異常にいち早く気付いた人物のようだ。
推測するに、その時彼女は白雪の説得にあたり、そして失敗したのだろう。
その後航と白雪は、学校にも行かず二人きりで一人暮らしをしていた兄の自宅に篭るようになった。

ここからは、そんな状態に在りながらも奇跡的に書き続けられた兄の日記からの引用である。



12月24日。
天気は分からない。ここのところずっと家に居るし、カーテンも閉めきってる。光が目に痛いせいだ。
今日も三食、白雪特製料理を食べた。夕食は豪華にローストチキンだった。シャンパンとケーキもあった。
赤と緑の包装紙に黄色いリボンをかけた箱を貰った。中身はマフラーで、着ける機会が無いといったら白雪はそれでもいいと言った。

1月3日。
一昨日あたりから毎日朝食に餅が出る。
白雪は浴衣を着ていた。いつかどこかで見たものだが、いつだったかは思い出せない。
「着物が無いから・・・」と恥らう白雪が可愛くて、なんだか照れてしまった。

1月7日。
今日は週に一度の買出しの日だ。
白雪はこの日山ほど食料を抱えて戻ってくる。
手伝ってあげたいのに、体がだるくて外出する気にならない。

1月19日。
そういえば、たまに白雪宛てに送られてくる小包は何なんだろう。
気になったので送り主を見てみると、ピッコリさんからだった。きっとお菓子の材料だろう。

2月1日。
食欲は無いのに食べ過ぎてしまう。何かが足りないってかんじだ。

2月11日。
今日は朝からなんだか白雪がそわそわしてた。
夕食が終わっても僕は食べ足りなかった。
そう言うと白雪はケーキとおかずもう一品出してくれたけど、飢餓感はなくならない
でももう食べられない でも足りない

さっきもう一度白雪にお願いした。
でも白雪は「食べ過ぎは身体に悪い」と言って台所に引っ込んでしまった。
イライラして、頭がかすむ。
そうしたら、白雪がコップ一杯の水を持ってきてくれた。
その水の美味しいことといったら!
僕は白雪をせっついて三杯おかわりした。まるでまほうの水だ
(注:ここにあった水の染みの跡からは、薬物の反応がみられた)

2月12日。
昨晩、リビングのほうから女の子の泣き声みたいなのが響いてた。最近幻聴がひどいみたいだ
そんなことより今日は朝からあのまほうの水が飲めた!きっと白雪の愛情がいっぱい詰まった水なんだろうな。昼も夜も水だけ貰った。
白雪はなんだか体調が悪そうだ。
僕と同じだ

2月17日。
水がおいしい  




・・・・何とも痛ましい内容である。
日記の文字も、その不明瞭さから訳すのに苦心した。
2月11日、症状が切迫した兄は、とうとう混入された薬だけでは足りず、それを見て取った白雪は彼に水で溶いた麻薬を渡したのだろう。
そしてそれ以降、彼は彼女の料理ではなくその「まほうの水」だけを求めるようになった。
その夜彼が聞いた泣き声は、幻聴などではなく、白雪の悲しみだったのだろう―――皮肉なことに、この日は白雪の誕生日であったという。

私が考えるに、白雪という少女にとって自分が作った料理はイコール相手への愛情であり、
彼女はそれを食べてもらうことによって伝えることのできた思いと受け入れてもらえた願いを実感し、安心していた。
しかし結局兄が求めたのは薬であり、それに改めて気付かされた白雪は自らも薬に走った、のではないだろうか。

兄への食事に麻薬を仕込むなど、聞くだけではとんでもない犯罪者である彼女に、憐憫の情を感じないではいられないのは、そんな一途な想いからではないか。
最後の日記が綴られた2月17日からちょうど一週間後、二人は兄の自宅で先に紹介した千影によって遺体として発見された。
兄はリビングのソファで、白雪はキッチンの隅で別々に冷たくなっていたという。

最後に、二人の遺体が発見された翌日、お菓子教室を兼ねていた屋敷を引き払い姿を消した白雪の師マダム・ピッコリのその後の消息は現在も分かっていない。彼女には白雪に麻薬を廻していた疑いが掛けられている。





*





彼女を見るのは一週間ぶりだ。
その更に前も、一週間の空き。彼女は毎週決まってここを通る。
両手一杯に荷物を抱え、落さないように注意深くゆっくりと地を踏みしめる。
私が漸く今日声を掛けようと思ったのは、彼女の周りに何の精霊もついていなかったからだ。
好奇心旺盛な彼らは人に、特に子供には何らかの形で纏わりついているのが常だ。
しかし、私の肩に風として舞い踊っていた精霊も、そこに誰も存在しないというように彼女を無視した。
まるで、その少女に対して「これから」を望むことを諦めてしまったみたいに。

突然現れた人影に彼女は驚いたようだったが、すぐにいつもの笑顔で会釈してきた。そして背を向けた。
引き止める私の声を右から左へ聞き流し、行ってしまった。
彼女の姿が消える一瞬前、千影ちゃん、と私を呼ぶ声がした気がした。

私は彼女の言葉を思い出す。
突き放したつもりなんかなかったと、自覚の無い私の言葉だけが惨めに残った。












一年以上前、漫画として描いてそのまま放置していた話です。(漫画の方はとっくに破棄済み)
白雪の方が理性をなくしたら〜・・っていうか、こんなことしません よ?(?