[腫女]
「まーたダメだったんですの?お見合い」
上気した頬を歪めながら、白雪が亞里亞に問う。千影はその横で静かに杯を重ねている。
三人の少女は今、白雪特製おつまみセットを肴に酒を飲み交わしていた。
場所は亞里亞邸、時刻は深夜0時を回ったところだ。何とも可愛げのないパジャマパーティーである。
「あんな成金没落貴族となんか10分だって話してらんないわよ」
「・・・相手がどうのより、君自身の問題のような気もするが」
亞里亞は淡々とツッコミを入れる千影に睨みをきかせて、熱くなった顔を手で擦る。
「あなたも一度会ってみれば亞里亞の気持ち少しは分かるわよ」
「まあまあ二人とも・・・・・それに、大事なことなんですもの。簡単には決められませんの」
ちょっと遊びが過ぎる感じもしますけど、と付け加える白雪に、亞里亞は口を噤んだ。
亞里亞が13を過ぎた頃から、彼女への婚約の話が持ち上がるようになったのは、
妹達の間では良く知られていることだ。取り分け二人はその詳細まで本人から聞き知っていた。
その中に千影が入っているのは、彼女が亞里亞と特に仲の良い白雪の恋人だからだった。
初めの内は、相次ぐ申し込みに困惑していた亞里亞だったが、その回数分場慣れしてきたのか
今では相手の男性を遠まわしにからかう余裕さえ見せている。
じいやを筆頭とした教育係たちの小言も、「亞里亞様にはまだ早すぎる」から
「早いとこ身を固めさせた方がいいかもしれない」の方向へ転移していっていて、
それが余計に亞里亞の結婚を拒む気持ちを煽っているようで。
「・・・・家柄良くて財産あってしかも世間知らずの女の子とくれば、唾も付けたくなるわよね皆」
既に諦観している風な亞里亞に、「加えてその器量では・・・」とポツリと零した千影が今度は白雪に睨まれる。
「っていうか千影ちゃん、まだウーロン茶飲んでるわけ?酒飲め、酒!!」
亞里亞の指摘した通り、千影の手の中の杯にはウーロン茶が満たされてい、
よくよく見れば周りに几帳面に並べられた空き缶も全てお茶やジュースの類だった。
「私はアルコールは・・・」
「一人でシラフ決め込んで、卑怯ですのよ!」
後退る千影を二人掛かりで無理矢理押さえ込む。
「やめないか二人とも!!!」
「もしかして、お酒弱いのかしら」
「怪しげな儀式ではよくアルコール使ってますのにね」
「・・・・・なに、まだあれやってるの?」
「そうですの!下手したら一生やめないですのこの人」
「それ、一種の性癖かなんかなわけ?」
組み敷いた恋人に言いたい放題言う白雪に、面白そうに亞里亞が加勢する。
「いっ、いい加減にし・・・ゥブ!!?」
雰囲気を楽しむ為の可愛らしいカクテル瓶も、直接口に押し込められれば形無しである。
「プッはあ・・・・!」
「・・・・いい飲みっぷり♪」
「う〜〜・・・・・・??」
加害者の亞里亞は満足げに笑んで、唸る千影を掴んだ手を緩める。
対して白雪は、千影の腰を跨いだままぶつぶつと何事かを呟いている。その半眼が千影の朧げな視界に恐ろしい。
「姫とこんな関係になってから何年も経ったっていうのに・・・今だに部屋にはイモリの死体やらなんだか
よくわかんないものの生き血やらなんだかよくわかんないもののなんだかよくわかんない臓器やら・・・・・」
「し、白雪ちゃん?」
白雪のただならぬ様子に、亞里亞が完全に出来上がったかとおずおず声を掛ける。
「フフフ・・・・・万物生まれいずるところ、即ち万物の死するところなり・・・・」
「千影ちゃん!?」
「たまに・・というかいつもわけわかんないこと言いますけど・・・・・・・・でもそこがミステリアスで素敵なんですの!!!千影ちゃん、愛してるーーーーー!!!!!」
白雪が千影に覆い被さったのと同時に、亞里亞が後ろへ飛び退いた。
頭が朦朧とする中、千影は自身の唇に降ってきた柔らかい感触に、温かい・・・と陶然としながらその存在に腕を回し、きつく抱きしめる。
「ほんとお似合いよねぇ・・・・・この二人見てると、自分が凡人に思えてくるわ」
亞里亞はあのままフランスに居たらこんな面白いもの見れなかったわ・・・と感慨に浸りつつ、
今度は目の前のバカップルを肴に飲み直し始めた。
end.